時間は未来から過去へ流れ落ちていくという話

当たり前のことを疑ってみる

 
誰もが時間は過去から未来へ流れていると思い込まされています。これはタチの悪い洗脳です。

その人の過去の行いが未来の出来事に影響を及ぼす、というのが西洋近代哲学の呪縛的価値観です。とってもキリスト教の匂いがプンプンしますよね。説教っぽい(笑)

未来とは、未だ来ないもの。過去とは、過ぎ去ったもの。未だ来ないものから、過ぎ去ったものへと時間が流れ落ちていくというのがより自然な感覚だと思いませんか?

過ぎ去ってしまった過去は、どうやっても変えようがないんです。でも未来は未だ来ないものなのだから、いくらでも選びつかみ取ることができます。

私たちは、時計の針が動いて円周に刻まれた時間を通り過ぎていくと思い込んでいます。これはキリスト教世界の創作です。

そもそも時計の針は動きません。人類が時間を知るために作った日時計は、針が動かずに時間軸である太陽が動いて時間を示します。

自分が存在する今現在の「瞬間」は常に一定であり、未来から時間が落ちてきて過去に流れる落ちることで、その「瞬間」が推移していきます。現実に私たちが認知できるのは、まさに今この「瞬間」と過ぎ去った過去だけです。

時計の針のように過去から未来へと時間が流れるのではなく、今この「瞬間」である時計の針の場所を、未来から過去へと時間が流れ落ちているというのが、人類がもともと感じていた自然な時間感覚です。

そう考えると、過去のおこないが未来へ影響するなどという説教じみた話はまったくの作り話であり、実は今この瞬間を生きている私たちが、上から降り注いでくる未来を受けているという自然本来な感覚に気がつきます。

過去の経験をもとに未来を予測して行動するというのは当たり前のことですが、過去の行動の結果が未来の状態を決めているというのは、まさにタチの悪い悪質な洗脳と言えますね。ホントに笑うに笑えないひどい話です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ