私が8年間続けている小さな習慣の凄い効果

 
実は私、ホントにたいした奴じゃないと自己嫌悪におちいること多々。

世間でバリバリと行動して結果を出している人を見ると、自分もそうなりたいけど、なかなか結果が出せないことに落ち込んで、でも悩んでいるフリをしながら気がつくと映画を見て気分転換していたり… とても平凡です。

と言いつつも、一つだけ続けている小さな習慣があります。それは、日々の出来事をパソコンに日次レビューと称して記録していること。これは2010年元旦から続けていて、いつの間にか8年目となりました。

その時々で書いてある内容は違うのですが、それがまたその時の心の有り様を記録していて、読み返していると自分がどう変化してきたかがよく解るという代物です。

逆に言うと、8年前(43歳)に私は自分を変えたいと思い、この日次レビューを書き始めました。ホントにこの8年間は激動でした。

最初の頃(2010年)を読み返すと、「妬まない、怒らない、愚痴らない。」を目標に書き込んでいます。今じゃこんなこと当たり前のことで、別に目標にすらなりません。でも、自分が変わろうと思った最初の頃は、こういうことがとても難しい目標でした。

その年の4月、長男が高校入学したときにPTA役員に立候補しました。たぶん、これが自分が変わろうとした最初のきっかけです。Twitterで知り合った方にPTA役員は経験した方が良いよと進められて行動しました。

このあと4年半後(2014年11月)に30年務めた自衛隊を退職し、翌春(2015年4月)に選挙に立候補しました。そして落選。深夜トラックで食いつなぎ、今はギリギリ自転車操業の自営業です。この間、すべての行動を毎日「日次レビュー」に記録し続けています。

きっと、この小さな習慣が私をこんなに激動の人生に駆り立てて、常に前へ向かって走り続けさせているのでしょう。恐るべき、小さな習慣の大きな力!

特に人生の到達点は決めていませんから、この後、私がどんな行動をしていくかはまったくの筋書きのないドラマです。解っているのは、1年後はまた大きく変化して今とは異なる人生を歩んでいるということ。小さな習慣を続けている限り、私自身は大きく成長していきます。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

失敗してしまった時の立ち直り方

 
今日の夕方、某所にてちょっとした失敗をやらかしてしまいました。

原因は、いつもなら気をつけていることが頭からスポッと抜けてしまったためです。仕事がダブルヘッダーだったからというのではなく、ほんとに単純なミスです。

私の場合、他人より馬力があるものだから、ついつい力業でやってしまおうとする傾向があるのですね。他の業者だと根性的にくじけてしまうことを、いつものバカ馬力な根性でやってしまうのですが、それがマイナスとなってしまうことが希にあります。

とにかくやってしまった失敗は元に戻せないので、すぐに次の手を考えないといけません。まず、そのミスによって最悪の場合となったことを想定し、それに対してどんな対処ができるかを考えます。

物損であれば保険で対応できるか? または交換や修理ができるかどうか? 相手に不愉快な思いを与えたなら、そのことをお詫びし誠意ある対応をします。<ちなみに男性と女性とでは対応が違います。

その失敗によってどうなるか2〜3種類くらいの対応を考えておけば、自分が次にどう行動すればよいか不安が消えますよね。

一番いけないのは、失敗を悔やんでウジウジと悩んでしまうこと。酒で忘れようなんてのは最悪の対処法です。<もっとも、私はお酒を飲みませんが…

悩む前に、次にどう行動すればよいかを考えることが大切。そこで悩んでしまうと、次の行動ができるなくなります。次の行動を起こさないと、現状は変わりません。

ホントはちょっとだけ落ち込んでしまうのですが、失敗を重ねることが成功への近道だと割り切って深く考えないようにしています。そうじゃないと… 失敗だらけの人生に負けちゃいますもの。

帰りの車の中で、大声でカラオケの練習をしているときは、たいてい何かに失敗したときです(苦笑)

 
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久々すぎてネクタイの結び方が思い出せなかった…

 
久しぶりにネクタイを締めました。

選挙に向かっていたときは、もう朝5時〜夜12時過ぎまでネクタイをしていましたけど(笑) <というか、自宅でもスーツ姿以外の服を着なかった。

もう便利屋仕事で年中作業着ですから、久々にスーツを着ると「はて? ネクタイってどうよ」状態になります。

そんなときは、いつもお世話になっているYouTube動画を見ながらネクタイを締めました。

イマドキ、どんな職人技であってもYouTube動画を見れば、なんとかそれらしい真似事ができる時代です。

日本人が大好きな修行という言葉は、ごく限られた修練が必要なジャンル以外ではもう成立しません。

ただ、細やかな修練が必要なジャンルというのは市場規模も小さいですから、いくら身に付けても食っていけるかどうかは別問題。

逆に、YouTube動画で出てこないニッチなノウハウ動画は、自分が作ればええやんという感じですね。

おっと、ネクタイの話でした。

あと、、、 スーツがちょっとキツいです(泣)

 
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○○は見ようとしないと、見えない

 
貧困は見ようとしないと、見えない」(大山憲宏『生活保護VS子どもの貧困』PHP新書)

この言葉はするどいところを突いています。ここでは「貧困」とありますが、ここに何の言葉をあてはめても通用します。

例えば、妊娠をしたとたんに街中に妊婦や赤ちゃん・幼児を連れたお母さんを見かけるようになった。今まで興味のなかったことなのに、ちょっとテレビで見て関心をもったとたんに、いろんな番組や雑誌で特集を見かけるようになった。など…

これは、その人が強くイメージを持ったことで、単に今まで見えなかったものが見えるようになっただけのこと。急に妊婦が増えたり、何かがブームになったわけではありません。

人は自分が知らないことは気がつかないし、イメージできないことは行動することができません。だからこそ、人が大きく変わるためには自分が置かれた環境を変えることが必要なんです。

勉強が苦手な子が塾へ通うのも、勉強をする環境に身を置くことが大切だからです。<ちなみに、学校は勉強だけをする場所ではありません。

そういう意味でとても心配なのは、「原発反対」や「憲法9条を守れ」など白黒つけた意見を叫ぶ方々です。こういった人たちの中では、反対意見への理解をしながら解決への議論をすることが許される環境ではないからです。

○○は見ようとしないと、見えない

世の中の問題点や、自分が生きていく上で問題と感じてることの多くは、自分が心地よく感じた意見だけを聞いているだけでは解決にいたりません。

いろんな意見を聴いた上で、さらに自分自身が行動を起こさないと何も解決できないのです。その行動とは、○○を見ようとすることです。それはとても面倒なことですけどね。

 
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小説を読むと人間を学べる

 
それほど暇ってわけじゃないですけど、たまに小説も読んでいます。ビジネス書ばかり読んでいるわけじゃありません。

小説には人間の心に関するノウハウが詰まっています。心理学や脳科学の本を読むより、人間についての鋭い洞察に満ちあふれているのが小説ですね。

男性が女性の視点で物事を見るとか、女性が男性の視点で物事を見るとか… 他人になりきって他人の人生を味わえるのも小説の醍醐味です。

もちろんそれは作家の創作なんですけど、読む人が共感する内容を書かないとその小説は売れません。だから自然と、人の心に深い洞察のある心理描写になっていくわけです。

中には、映画やドラマから受けるものとは桁違いの、深い感涙と心震える感動に襲われることすらあります。なにより、文字を読みながら自分の脳裏に主体的に場面情景や心理状態を描き出しているわけですから、もう深みが段違いに違うわけです。

高校生の時に読んだロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』で主人公の初恋場面などは、今でも想い返すと切ない気持ちになったりします。主人公の生き方に共感するときなど、もう自分自身がまったく違う人生を生きている感覚が実感できます。

案外と自分自身の体験は忘れてしまうものですが、小説で読んだ恋の甘酸っぱさは未だにリアルな感覚で覚えているのが不思議なぐらい…

文学も、音楽も、芸術(美術アート)も、人の心の豊かさや新鮮さ、奇抜さなど、ありとあらゆる人の心を表現したものです。どれも人間学の素晴らしいテキストですね。

もっとも、最近ではオーディオブックで小説を読んでいる、いや聴いているので、さらに脳裏に情景が浮かぶようになってきました。ラジオ・ドラマの深みにはまってしまった感じです。

で、オーディオブックで感動してしまうと、さらに図書館で借りてきて本でも読んでしまうという念の入れようです。小説、最高! <そんなに暇じゃないんですけどねぇ(苦笑)

 
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自分の頑張りに見返りを求めちゃダメ

 
他人を動かすには、お金か感情に訴えるのが鉄則。例えば、これをやればお得とか、メリットがあるとか、そういう何らかの見返りを期待させるという手法です。感情というのは、単純に感動してもらうこと。

あと、ホントは乗る気じゃないんだけど、これを頑張ってクリアすれば何かの見返りがあるから頑張るというのもあります。学校のテストで100点を取ったら何かを買ってもらえるとか、資格試験に合格すれば給料に手当がつくとか。

こういうの、私はすごく苦手。そもそも、頑張ったら見返りをもらえるなんて大ウソですよ。世の中、そんな上手い話はありません。こういう頑張りはすべて無駄です。

見返りがあるから頑張ってる姿って、端から冷静な目で見ていると可愛そう。頑張ったら報われるというのは、ほんとに真っ赤な大ウソです。テストで100点を取っても給料は上がらないんだから。

世の中の大半の人は、どんなに頑張っても人生が報われることはありません。長い人生で、棚からぼた餅みたいなラッキーなことは一つくらいしかないんです。あとのほとんどは報われません。

だから最初から見返りなんて求めないで、そのことを単純に楽しんじゃえばいいんです。最初は興味のないことでも、やりだしたらいろいろと思うところがでてきます。そこを楽しめばいいんですよ。

それは自分自身だけにヒットするようなささやかな楽しみ方かもしれません。例えば、道路端に落ちていたゴミを拾ってキレイなった道路を見ると、小さな達成感があってすごく楽しくなるとか。<やってみたら解りますが、ホントに楽しくなります。

誰かのためにやるとか、誰かに認めてもらいたいからやるとか、そういうのも端から見ていてとても痛いし、正直なところはた迷惑。

私は今、地域のPTA会長とか、市との共働事業の代表とかやってますが、これはどれも自分が楽しいからやっていること。PTA会長なんて、ほんとは面白いからずっとやりたいんだけど、残念ながら子供が学校を卒業してしまったら終わってしまいます。とても残念。

就職に有利かもしれないと思って、特に必要もない資格試験の勉強をしている若者を見ると、もう内心で頭をかかえてしまいます。そんなことする余裕があるなら、好きなことに全精力をかけて楽しめばいいのになって思いますよ。世の中、見返りを求めても報われないんです。無駄無駄。

 
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「常識がない」は一番の褒め言葉

 
以前勤めていたお堅い職場で上司によく言われたのが、「常識で考えれば解るだろ!」という指導でした。

もちろん常識というのは、その職場での見えざるルールみたいなものです。どこの職場にもあると思います。

そうしたルール(常識)を、結果的に無視したカタチで動いていた私ですから、まぁ怒られるのも当然のこと。

最終的に選挙に立候補するので退職しますという、前代未聞の非常識な辞め方をしましたし、そういう意味でも徹底してます。

子供の頃から天邪鬼(なんでも人の反対をやりたがる)な性格なので、まぁ当然の結果なわけです。

自分自身では30年間もちゃんと公務員をやっていたのが奇跡だと思います。お陰様で一戸建てを建てることができました。

そして人類始まって以来の大きな変革期な現在は、この「常識がない」が一番の褒め言葉となります。

常識通りに生きている人は、自ら変革の中に飛び込んでいくという非常識なことはしません。なにせ、誰にも上手く説明ができない、根拠のない自信だけで動いていますから(笑)

私のモットーは、人生、死ぬ以外はすべてかすり傷です!

 
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30秒で終わるメールはすぐ返す。5分で終わる仕事は、片っ端から片づける。

 
30秒で終わるメールはすぐ返す。5分で終わる仕事は、片っ端から片づける。

これは、堀江貴文『本音で生きる』p115 に書いてある言葉です。

やらなければならないことが多すぎて、何から手をつけたらよいかわらかない人へのアドバイスとして、仕事に優先順位をつけずに片っ端から仕事をこなしていけということです。

以前にこの本を読んだときも「そうだ!」と思い、すぐに目の前の仕事を片づけ始めました。<と言いつつも三日坊主でしたが…

そして、今回も同じこの115ページ目で目が吸い付けられ、同じようにすぐ目の前の仕事を片づけています。

私も実はかなりいい加減な人ですから、これはと思ったことをすぐに行動に移しますけど、その代わり飽きるのも人一倍に早いのです。

で、飽きてしまったら、また同じ本を読み返して刺激を受け、「そうだ!」と同じことを繰り返します。

誰もが同じ24時間という持ち時間ですが、その中で大きな差が開くかどうかの違いは、「やる」か「やらない」かという差です。

自分の人生を主体的に生きるためにも、「やる」という選択をしてどんどん差を広げたいですね。

ちなみにこの本、自宅の本棚にあるのに、図書館で「これだ!」と思って借りてきたのは内緒(苦笑)

 
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