正しい睡眠時間よりも大切なこと

 
睡眠についていろいろ書かれた書籍がありますが、実際のところは毎年のように新しい研究結果が提示され、刻々と正しいとされている常識が変わっているようです。

睡眠時間というのは、何時間寝れば大丈夫というものでもなく、その人ごとに適正な時間が異なります。

睡眠は90分周期のサイクルなので、90分の倍数ごとに寝れば良いという説も、今では個人差が大きく法則としては成り立たないとのこと。

ましてや、脳波を計測してリアルタイムな睡眠適正時間を計測することも、実は未だに計算処理にタイムラグがあって実用レベルではないそうです。

そんな中であまり変化しないのは、人々がどのような睡眠時間を過ごしているかという統計データです。

データによりますと、アメリカ人は日本人に比べて1時間多く寝ているという結果があります。

その差が、1週間や1ヶ月というスパンでみると、睡眠によって脳が日々のストレスから回復する余裕の差になっているのではないかと言われています。

つまり、1日に何時間寝たから私は健康的だとか、90分の睡眠サイクルで朝は目覚めが良いとか、どれも病気の民間療法レベルの話なようです。

朝、ちゃんと気分良く目覚めて行動できるのがベストでしょうが、だからと言ってそれが健康的かどうかという科学的な根拠は特にないわけですね。

アメリカ人のように、普通の日本人よりも1時間だけ多く寝る余裕を作ることが、睡眠時間云々よりも大切なことではないかと思うのです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

行動できる人、できない人の大きな違い

自分の損得勘定を捨てるのがコツ

 
何か新しい企画(プロジェクト)を始めようとしたとき、また従来のルールを時代に合わせて改良しようとしたとき、必ず反対する声が起きます。

こういう問題点はどうなんだ? それ上手くいく保証はあるのか? 個々ではその新しいルールに当てはまらない部署がある… という「出来ない理由」です。

とにかく行動第一の私は、そんな細部の問題点の多くを無視して行動します。なぜなら、それらこそ「例外」と言われる本筋でなないことだからです。

一番に克服すべき問題点はなんだろうか、そのために何をしなければならないのか、それを最短でおこなうにはどうすればよいのか? これらが考えるべきことです。

さらに踏み込んで言えば、お金の問題もある程度は無視することができます。お金がないから出来ないのではなく、行動している途中でお金を作りだしていけば良いのです。

行動ができる人の大条件は、とにかく最初の一歩を出すこと。それも、目標に向かって最短距離の方向へ一歩を出します。

その途中でいろんな細かな問題点が出てきたら、無視して切り捨てるか、お金を出して他の誰かにやってもらえばOK。

最初の一歩目さえ出してしまえば、それ以前に見えていた景色とは異なる風景が目の前に広がって、簡単に解決法が見えてきます。というか、たいていは無視しても大丈夫と気づきます。

さらに欲や損得勘定というフィルターを外せば、どんな方向へもブレーキを踏むことなく、前へ進むことができます。

そうしてなんの根拠がなくても、一歩前に出るだけで見える景色が違うことを知っている人こそが、行動できる人です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

職場の飲み会が必要な時代は終わった

個人事業主は飲み会とは縁なし

 
30年間自衛官をやっていた経験上、公務員ほど職場の飲み会が多い職業は他にないのではと感じています。

例えば、誰かが転勤になると、職場全体で、部署ごとで、同期どうしで、有志同士で… 多いと2〜4回くらいは飲み会があります。そして、代わりの人が転属してくると、同じように2〜4回の飲み会が開かれます。

仕事のプロジェクトごとに、最初と中間、終わりと、もう毎月のように無数の飲み会があります。

で、自衛官を辞めた今になって思うと、あの飲み会はいったい何だったんだと思うわけですね。今はもちろん仕事関連で誰かと飲む必要は皆無です。

自分一人ですべてをやらなければならない個人事業主ですから、これといって飲みニケーションの必要がないわけです。他に業務を委託している方とか、パートさんとか、別にいっしょにお酒を飲んだからと言って、仕事上では何も変わりません。

いや、決して飲みニケーションが必要だとか不必要だとかということを言っているわけではありません。そうではなく、飲みニケーションが必要なほど呑気な仕事のやり方って、もうグローバル世界では通用しないだろうという話です。

しかも、お酒の飲んだ状態で仕事の話なんて進みませんし、個人的なことを知れば知るほど仕事の進め方に公平感やスピード感が落ちていきます。

私の実感で言えば、自分の仕事をテキパキとできない人が、飲みニケーションによってなんとなく免罪符を作ろうとしている感じさえしています。<これは厳しい意見ではなく、個人事業主からサラリーマンを見て感じる素直な感想です。

多くのサラリーマンは、今の時代は世界中の猛烈な仕事人と熾烈な競争をしている時代だと、身体で理解していません。あれほど多くの都内のコンビニや飲み屋で、日本人以上に仕事のできる優秀な外国人ワーカーを見ているはずなのにです。

もちろん気の合う仲間同士で飲みいくのは楽しいし、それは有りだと思います。しかし、飲み会が職場の潤滑油になるという考え方自体が、もうすでに終わってると思うわけです。

 
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副業ってホントに儲かるの?

世間の副業を本業にして生活しています

 
世の中のムードがあっという間に変わってきました。「働き方改革」によって副業を推奨するムードがチラホラと高まっています。

でもちょっと待ってください。そもそも本業が儲からないのに、副業が儲かるなんて甘い話がどこにありますか?

よくネット広告で「絶対に儲かる…」なんて塾のキャッチフレーズがありますが、それって昔の競馬ブーム、パチンコブーム、株ブームと時も同じような話がゴロゴロしていました。

確かに、本当に(瞬間的に)儲かる話はあります。ですが、ずっと儲かり続けるという話はありません。最初に数十万円の情報料を支払ってみたものの、多くの人はそれで終わってしまいます。

「働き方改革」で言うところの副業というのは、最低でも本業と同じくらいずっと収入が得られるという前提で考えなければなりません。

そもそも副業で収入を上げなさいというのは、それだけ政府が税金が欲しいからです。別に国民の生活を心配して言っているわけじゃありません。国民を働かせて、その上がりを得るのが国家です。

私は世間で副業だと思われているような仕事を本業にして生活しています。便利屋って、まさにちょっとお金を稼いで… みたいな感じですよね。実際のところ、ホントに食えている便利屋はかなり少ないです。<安い価格で請け負っている業者がいるというのは、まさに食えない証拠

ネットを使った副業もまったく同じですね。実際にお客の顔が見えないのですから、リアルな対面商売よりも高いスキルが要求されます。人がお金を出すのは、安いか信用があるかの二つに一つ。安さ勝負ではすぐに体力が尽きます。ではどうやって信用を得るか?

対面だろうかネットだろうが、他人からお金をもらえるほどに信用を得ることができるのなら、わざわざ副業を頑張らなくても、本業で勝負すべきでしょう。

じゃあどうすればよいのか… 私の実体験から言えるのは、どん底から這い上がるように必死でやるしかないということです。よほどのビジネスセンスがある人以外は、普通のことをやっても儲かりませんわ。

 
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人と同じことをしたくない天邪鬼気質が上がり調子な時代

ひねくれ者が得する時代がやってきた

 
最近、天邪鬼という言葉を聞かなくなりました。私の子供時分は、人と違ったことをするとすぐに「天邪鬼」だと言われたものです。

天邪鬼とは、多数派の動きを確認した上で、わざとこれに逆らう行動や言動をする「ひねくれ者」のことです。

私の子供時代は(たぶん今も…)、他人と同じ生き方をするのがとても嫌でした。だから、いつもわざと強い上級生に喧嘩をふっかけたり、みんなから糾弾されてる人をかばってみたり、人がやらないことに手を出してみたり、まぁ、気合いの入った天邪鬼だったわけです。

とは言え、あれほど平凡な会社勤めはしたくないと思い音楽家への道を目指したのですが、気がつくと誰よりも安定した自衛隊音楽隊へ入ってみたり、安定した自衛隊音楽隊から飛び出して、今ではほとんど自由業みたいな感じで好きなことをしていたり、、、

もう分別もついたはずの50歳をすぎても、未だに天邪鬼気質は抜けきれません(苦笑)

そうこうしている内に、世の中そのものが不安定極まりない時代へと変化をしてきました。日本が誇る終身雇用も、もうほとんど死語と化している今様です。

世の中には、ある程度こんな天邪鬼気質な人が必要で、世間のスキマで居場所(需要)を見つけて役に立っているものです。

私の目線から見ると、今の世の中はもう至るところがスキマだらけで、こんなにチャンスが落ちているなんて、なんて美味しすぎる時代だと感じています。

ただ、他人と同じようにして大人しく生きていきたいと思っている人からみると、ますますチャンスが遠のいて居場所がなくなっている時代なのかもしれません。

世の中のありとあらゆるジャンルが二極化している時代、チャンスがありすぎる人となさ過ぎる人の両極端に二極化しているようです。その差は、ほんのちょっとした考え方次第なんですけどね…

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

人前であがらずに話せる方法

 
私はわりと人前であがらずに話をすることができます。それも人数が多ければ多いほど、逆に頭がクリアに冴えてきます。

とは言っても、自分でそう感じているだけで、実際にはどんな風に見えているかは聴く人それぞれに異なることでしょう。

特に、十分な準備もなく即興でスピーチしたり、受け狙いの話をした時などは、私自身もどうかなと思うことが多々あります。

遅くともスピーチの数日前までに原稿を用意し、直前まで何度も推敲している時ほど、緊張もせずに話すことができます。

簡単に言ってしまえば、事前に周到な準備をし、さらにリハーサルをして練習を重ねたときほど、人前であがらずに、しかも頭がクリアな状態で話すことができます。

ところが、問題はこの事前の準備です。スピーチ原稿を書くとなると、大抵の人は過去のスピーチ原稿をテンプレートにして書こうとします。

最初に時候の挨拶から始まり、集まってくださった方への感謝の言葉、そして当たり障りのない文章。要するに、借り物の文章パーツを集めて組み合わせるという方法です。

こうして作った文章だと、それを一字一句間違えのないように読むことに緊張してしまい、やはり人前ではあがってしまいます。

そうではなく自分で作り練りに練った文章だと、話す内容に自信があるおかげで、どんなに緊張しても頭脳はクリアなまま話すことができるのです。

つまり、人前であがらずに話すことができるようになるには、これでもかというほど周到な準備をすることがもっとも効果的なのです。

 
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小さな情報発信を続けて行動体質の脳へ

ブログはチャンスを掴むツール

 
いつもせっせとブログを書いています。だから何?と思われようと、せっせと書いています。

ブログを書いても、そんな世界中の人が読んでくれるわけでもないのに… と思う方もいらっしゃるでしょう(苦笑)

実は、こうして小さな情報発信を続けていると、計り知れないほど大きなメリットがあります。

そのきっかけは、ブログを書く(アウトプットする)ために、毎日たくさんの情報をインプットするようになることです。

ただ単にニュースを見て「へぇ〜」っと思うだけでなく、それについてブログにかけるレベルまで深く考えるクセがついてきます。

車を運転している時とか、ジョギングしている時とか、それらのニュースについていろんなことを考えます。そして、ボイスレコーダーにその考えの断片をせっせと録音しています。

何か違和感を感じる出来事があったときも、単に「そりゃダメだわ」と反発的に考えるのではなく、「これって何なのだろう? どういう理由があるのだろう? どうすれば変わるのだろう?」など、ブログのネタになるレベルまで深堀して考える習慣がつきます。

こうしてブログのような小さな情報発信を続けることで、脳が行動体質になっていくし、いろんな視点で世の中を見れるようになります。

人生を変えるような新しいチャンスは、常にそこいら中に漂っています。それを自らが行動してチャンスを掴むかどうかというだけのこと。また、いろんな視点で見ることで、かくれたチャンスも見つけられるようになります。

そのためには、脳が行動体質に変わっていないといけないわけです。ブログはなにげに人生を変えるツールなのです。

 
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勉強よりも大切な即断即決力

どんなノウハウも最後は決断力が勝負

 
学生時代にどんなに勉強が出来ようと、どんなに有利な学歴や資格も持っていようと、どんなに自己研鑽しようと、最後の最後で必要なのは即断即決力です。

与えられた知識や情報の多い少ないと、即断即決できるかどうかに関係はありません。意外かも知れませんが、情報が多ければ多いほど逆に即決はできなくなります。

例えば、いろんな種類があるコンビニのパン、何種類もあるジュースの自動販売機、種類が豊富なカップラーメン、どれも即断即決で決められる人は少数派です。

なぜなら、情報や知識が多くなるほど、決断するのではなく「選択」をするからです。選択はただの条件反射です。

日頃から選択することに慣れてしまうと、死ぬか生きるかの重要な二者択一でさえ自分で選ぶことができなくなります。つまり、多数の選択に従ってしまうわけです。

成功哲学のロングセラー『巨富を築く13の条件』を著したナポレオン・ヒルは、世界の鉄鋼王アンドリュー・カーネギーから後の成功に繋がる仕事を依頼されたとき、まったくの悪条件ながら29秒でYESの決断をしました。その時、カーネギーの返答タイムリミットは60秒だったそうです。

こうした人生を左右する決断をするとき、それが可能かどうかという根拠や情報はほとんど無いに等しいのです。そもそも、選択できるだけの情報はほとんどありません。

私自身も、それまでの自衛隊生活からいきなり県議会議員選挙に立候補するかどうかを決断したとき、ほとんど即断即決しました。その時に考えたのは、可能か不可能かではなく、自ら「やる」か「やらない」かという決断だけでした。

もしも知識や資格でお金を稼げるのなら、大学教授や資格を指導する人々はみんな高収入を得ることができるはず。しかし現実は、どんなに勉強をしてもそれが高収入に直結するという保証はなにもありません。

勉強ができることは単なる特技です。その特技を活かすためには、チャンスが訪れたときにすぐに即断即決ができる力が必要です。そして想像を絶するような大災害や事件に遭遇した時も、即断即決で安全な場所に逃げることが最も重要な能力なのです。

 
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