パソコンがあればどこでも仕事ができる有り難み

 
今このブログを、名古屋のマクドナルドで書いています。

 
先ほどまで1時間ばかし、パソコンでお仕事をしていました。

遠方へ出かける際には、ノートパソコンとモバイルルータは必需品です。

ネットに繋いで自宅パソコンのリモートアプリを起動し、自宅の仕事パソコンをリモートで操作しています。

 
いつも使っているMacBookには、仕事関係データなどは一切入れていません。というか、データはすべてクラウド上にあります。

一つの仕事につき一台のパソコンというスタイルで、数台のパソコンを使っています。複数の仕事をやっていると、頭がこんがらがってしまいますからね。

もしもパソコンが壊れた時のことを考えると、こうしてリスクを分散させることも必要です。

 
今はモバイルルータの速度も速いので、日本全国どこにいても自宅のパソコンをストレスなくリモート操作できます。

こんな働き方ができるのも、ここ数年の進歩のおかげですね。

1〜2年後には、「今このブログを、台北のマクドナルド?で書いています」なんて書いていることでしょう。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

 
P.S.
マクドの隣席には中国人家族が中国語でワイワイと食事中です。実はここ、台北だよ〜ん!

ウソ
 

点字で表現できる世界が凄い!

 
広瀬浩二郎『目に見えない世界を歩く -「全盲」のフィールドワーク-』平凡社新書,2017年 を読みました。

 
最初はなにげに図書館で手にした本です。表紙には、たぶん本のタイトルが書いてあるらしき点字シールが貼ってあります。

点字は視覚障害者が社会へ繋がるためのツール。点字により、世界の知と触れ、遠く離れた他人と交流することができます。

6つの点で言葉や意思を表現できるツールを、視覚障害者は指先で触って理解しています。触るという当たり前のことに、ハッと驚きました。

 
目で見ると、(書いてある意味はさっぱり解りませんが…)なるほど6つの点の組み合わせなんだなと理解できます。

しかし、目をつぶって指先で触ると、正直まったく解りません。6つの点という以前に、その細かな点の差違がまったく解りません。

この点字を触っただけで理解できるというのは、相当に触覚が鋭いはず。逆に私たちは、目が見えていることで、これほどまでに触覚が鈍いのです。

 
これはものすごいカルチャーショックです。白い杖をついて歩いている視覚障害者の世界を、改めて凄いと感動しました。

そして目が見えないがゆえに、ここまで苦労して点字をマスターしたんだなということにも気がつきました。

今まではそんなこと考えたこともなかったのに… 矢も立ってもいられず図書館で数冊、関連本をリクエストしました。この世界のことを、とても知りたいです!

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

勉強して行動しないと生き残れない時代だよ

 
「僕は学生時代よりも今の方がずっと勉強しているよ」と言うと、中学生が「えー!学校出ても勉強してるんですか!?」と驚いてました(笑)

 
もうお酒を辞めてから1年半近くになります。お酒を飲まない一番のメリットは、寝る直前までずっと仕事(勉強)し続けられること。

勉強と言っても資格試験取得などではなく、読書したりブログを書いたり、新しい仕事のテストをしてみたり、そういう楽しみながらやってる勉強です。

きょうび飯の食える資格なんてほとんどありませんから、取るだけ無駄。そんな暇があるなら、とりあえず新しいビジネスのホームページでも作ればいいんです。

 
私から見ると、仕事終わりに意味もなく居酒屋で酒を飲むなんて、正直、自殺行為にしかみえません。

いつ自分のいる会社が無くなるかもしれない時代に、自分の強みを作る勉強をしないと生き残れません。

遊ぶなら遊ぶで、好きをとことん突き詰めて、それでお金が稼げるレベルまで徹底して遊ぶべきです。

 
よく人脈作りが大切という声がありますが、自分に何か強みがない人が人脈を作っても意味がないでしょ。

以前まで(仕事以外の)個人名刺を作って配ってましたが、今はもう辞めました。それよりも自分が圧倒的な強みを創ることが先決だからです。

チャンスはある日突然にやってきます。たとえ未完成であれ、何かの強みを持っていないとそのチャンスを捕まえることはできません。マジっす。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

私は48歳で年齢が止まっていることに気がついた

 
私は48歳の時、それまで30年間務めた自衛隊(音楽隊)を依願退職しました。

 
あれから早3年が過ぎて、最近ふと気がついてみたら自分の年齢が48歳で止まったままのことに気がつきました。

もう昇給もなければ定年もないわけですから、年齢はどうでもよいのです。自分的にほとんど意味のない誕生日の公開もやめました。

自分自身ではまったく体力的な衰えもまったく感じてませんし、老眼すらやってきません。

 
よくよく考えてみると、世間はなぜそんなに年齢を気にするのでしょうか。

人によっては年金の支給を受けたくて早く歳をとりたがっている方はいますよね。

私の世代で考えれば、年金はもらえればめっけもんみたいなものです。その前にベーシックインカムが来るかもしれません。

 
なぜ自分の年齢感覚が止まっていることに気がついたかというと、私よりも年下の人がすごく歳をとっているように見え始めたからです。

たぶん私も40代の時には将来(老後)のことを考えてみたりして、今よりもジジ臭い考え方をしていたかもしれませんね。

病は気からと言いますが、年齢も気から来ます。今の時代、実年齢マイナス20歳くらいでちょうど良いのではないかと思いますよ。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

恥をかくことのススメ

 
あなたは一生のうちでどれだけ恥をかいてきましたか?

 
ほとんどの方が、今思い出しただけでも「ギャー!」っと叫び出したくなるような「恥」がいくつかあるはず。

ですが、その恥によって1〜3年後もいまだ人生の大きな不利益を被っていることはまずないでしょう。

誰もあなたのことに興味はないんです。一緒に住んでいる家族だって、あなたのことにはほとんど興味がありません。

 
誰もが興味を持っているのは、自分のことだけです。だから誰もが自分の恥をいまだに覚えているわけです。

だから、自分さえOKならばどんな恥だってかいても大丈夫です。その恥を許すのは、誰でもない自分だけなんです。

私はいつでも自分の都合のよいように記憶を書き換える能力を身に付けましたので、恥をかくことの抵抗がありません。

 
大勢の前で平気でしもどろになりながらも話し続けることができるのは、まぁそういう能力(の欠如?)のお陰です。

失敗というリスクを恐れずにいろんなことにチャレンジできるのも、そういう気質のなせる技です。

私が一番恐れているのは、行動が起こせたのに何もしないで後になって後悔すること。どんな恥よりも怖いのは「後悔」です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

クレーマーは自分自身が信用を損をしていることに気づいていない

 
Amazonレビューなどで容易に☆一つ付ける方がいます。

 
Amazonレビューでは、商品や店舗にレビューが付けられていると思っているのは、単純な顧客目線です。

レビューを付けた人の名前をクリックすると、その人が他にもどんなレビューをつけたかが一覧できます。

それら一連のレビューを読んでいると、残念ながらその人のことを信用することがキビシイと言わざる方もいます。

 
店舗目線や私のようなレビュー・ウオッチャー目線から見られているとは、多くの方は気づいていないでしょう。

私もAmazonレビューを書いていますが、☆一つ☆二つなんて怖くて書くことができません。

ましてや、自分の一時の感情で辛辣なレビューを書くのは、ネット社会において自分の信用をなくす行為です。

 
いや、匿名であれば何を書いても解らないだろう。そう考えるのは、悲しいくらい考えが甘いです。

匿名という隠れた立場で書いている限り、表舞台へ出て信用を得ることはできません。というか、怖くてできないでしょう。

信用と得るというのは、他者を非難するのではなく、自分の好きなことをたくさん情報発信(レビュー)して同好の方々にシェアしてもらうことです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

行き当たりばったりの人生でいいんじゃない

 
私の人生は、1年以上先はほとんど無計画です。そんな先の話は、どうなるか未知数ですから。

 
これがサラリーマンであれば、数年先に自分がどんな場所で仕事をしているかが予測できるかもしれません。

ですが、さすらいの個人事業主に1年先の将来がどうなっているかまでは解りません。とりあえず、家族共々なんとか生活していることが目標かな。

逆に、1年後は時間とお金に自由な生活をしている可能性もあります。というか、そうなるために日々24時間営業で働いています。

 
さらに言うと、老後の心配すらほとんどしていません。そもそも20〜30年後には老後という言葉すらなくなっている可能性が大。

老後の蓄えはある程度は必要ですが、それよりも一生お金が稼げる仕組みを作ることの方が先決です。

しかもこの先、2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点)がやってくると予測されているご時世です。今の常識尺度で将来を考えてはいけません。

 
多くの人は日本という国家を信用しています。最後には国がなんとか面倒をみてくれるだろうと、ほとんど願望レベルでそう思っています。その上で、将来の老後を計画しています。

でもホントの意味で貯めるべきは、お金を生み出す素となる「信用」です。信用は自分本位な計画では得られません。その場その場で、社会のために最良の選択をしながら生きていくことが肝心。それはたとえ80歳からでも始められます。

人生は先が解らないからこそ面白いのです。山あり谷あり、最後はどんなこともすべて笑い話。行き当たりばったりで前に突き進む人生です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

人様に迷惑をかけることは、おたがいさまです

 
(×)人様に迷惑をかけちゃいけません。いつも人様からどう見られるかを気にしなさい。
(○)生きていれば誰かしらに迷惑をかけるのだから、他人から迷惑をかけられても「おたがいさま」と受け入れましょう。

 
普通に生きていく限り、他人に迷惑をかけないで過ごすことは、ほぼ不可能です。

だからこそ、人様に迷惑をかけないように気をつけなければ… というのも、なんだか変。
そのことが他人に迷惑をかけているかどうかなんて、その人ごとに受け取り方は違うからです。

自分を抑えてまで、そんなあるかどうかも解らない迷惑の心配をして萎縮するほうが、よほどか周囲の人たちに迷惑をかけています。
なぜなら、いざという時に誰の役にも立たないからです。

 
世の中にいろんな考え方の人がいるというのは、私たちが生きる上での保険のようなものです。

もしも今の生活が根本からひっくり返るような出来事(大災害)が合ったとき、誰もが同じ考えかたであれば、その種は絶滅します。

それぞれの人が得意なことを発揮できる風通しのよいコミュニティがないと、その地域はなにもかもが行き詰まってしまいます。

 
私のようなとんでもないチャレンジをして失敗し、周囲の人たちに迷惑をかけるような人がいるから、世の中はうまく回っていきます。

人様に迷惑をかけたら、ごめんなさい
誰かに助けてもらったら、ありがとう
誰かにごめんなさいと言われたら、おたがいさま

この三段活用で、人様に迷惑をかける以上のハッピーを振りまきましょう!

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ