不安な感情は風邪をひいたようなもの

 
ヤバイ、間に合わない! お金が足りない! やっちまった… などなど。

 
不安で夜も眠れないという思いは誰にでもあります。そして、多くの人が今も現在進行形の不安を抱えているはず。

それでも、なんとか知恵と勇気をふりしぼって行動を起こせば、なんとか不安は軽減するものです。

そしてまた、忘れた頃に突如として次なる不安が襲ってきます。

 
それって、まるで風邪をひいたときのようですね。どんなにイケイケで元気な人でも、風邪をひくと不安におそわれたようにテンションが下がってしまいます。

長い人生を船にたとえてみると、元気なときは船の揺れが気になりませんが、不安という名の荒波がやってくると重度の船酔いでまともな思考ができず、そしてまた穏やかな波に乗って元気な時がやってくるような繰り返しの日々です。

不安とは決して解決するモノではなく、一旦収まったかのごとく軽減することはあっても、またなにかの拍子に表面化するという繰り返しが続きます。

 
だからこそ不安な気分になったときは、その感情を細かくノートに書き出して記録しておくとよいのです。そしてその不安が和らぐまでの過程を記録しておけば、再び不安になったときにその記録を読み返すことで希望を感じることができます。

風邪をひいたときなどは、よく効く薬を覚えていて、次に風邪をひいたときも同じ薬を飲みますよね。不安も同じ事です。

不安に強い人というのは、自分なりの処方箋を持っている人のことです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

不安を克服するには、他人の目で自分を見つめてみる

 
スマホやパソコンが苦手な人は、よく解らないことをして壊してしまわないか不安だと言います。

 
これが未知のものを面白がる人なら、取説がなくてもとりあえずボタンを押して見て動かしてしまいます。壊れたら、その逆順をやれば戻るでしょって感じ。

この未知のものを不安がるか面白がるかは、脳内ホルモンの分泌量によって個人差があるそうです。自分はこういう性格だと思っていることも、実は単なる脳内ホルモンの影響でそうなっているだけのこと。

例えば、日本人は不安を感じやすい脳内体質が多く、アメリカ人は面白がる脳内体質が多いと言われています。日本では不安ゆえか利息もつかないのに銀行にお金を貯金しますよね(苦笑)

 
とりあえず貯金ではなく、ちゃんと不安と向き合う姿勢も大切です。つまり、自分が不安に感じていることをすべて洗いざらい紙とペンで書き出して、脳から外に出してしまうのです。

それらの不安材料を目で見返すことで、客観的に何が不安なのかを見つめることができます。見えないから不安なのであって、見えてしまえばそれほど大したことではありません。

よく自分はそのことを上手くできないくせに、なぜか他人へは的確にアドバイスができたりします。これは他人の問題点を客観的に見ることができるからですね。誰でも自分のことはよく解らないものです。

 
とは言っても、不安なことが突如として何でもないことに変わることは、そうめったにあることではありません。

だからこそ、自分が日頃考えていることや困っていることなど、そういう心の動きを日記やノートに書いてみるといいと思います。

もちろん苦手でなければ、パソコンやスマホでメモしてもOK。さらにブログに書くくらいになれば、不安なんて感じる暇もなくなるでしょう。

 
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自分の好きなことが価値を生み出す時代

 
先日、小学校の卒業式でのこと。1人の女の子が将来の夢に、「みんなの字をきれいにする習字教室の先生」って書いていました。

 
これものすごく凄いと思いませんか? 今の時代、手書きで文字を書くなんて、役所の書類に書く住所と名前くらいなものですよ。

でも、だからこそ目的がハッキリとしていて面白いです。みんなの字をきれいにするという大きな目的がハッキリと決まっています。

うまくマーケティングできれば、これで食っていけますね。しかも、自分の好きが仕事になります。

 
例えば、ポテトチップスが大好きって人なら、無数の種類があるポテトチップを一言で表現するキャッチフレーズを考え出して、それを発信してみる。

イオンとかのスーパーに売り込んでいけば、どこかのお店でそのキャッチフレーズをPOPで採用してもらえるかもしれません。で、テレビ番組やネット記事で紹介されれば、一気にブレイクしますよ。

ポテトチップスの種類を解説する小冊子を作るとか、数十種類のポテトチップスそれぞれに合う飲み物をチョイスするとか…

 
自分が好きなことを情報発信すれば、日本中、世界中にいる自分の後に続く人々にとってのバイブルになります。

世の中に知ったかぶりの人はたくさんいますが、それをちゃんと情報発信する人はほとんどいません。

自分の好きなことなんだから、そりゃ先にやったもん勝ちですよ。ニッチなことほど価値が生まれます。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

人前で話すときに多くの人がやっていないこと

 
今日は卒業式で来賓の祝辞スピーチをしてきました。

 
実はこうした大勢の前でスピーチをする前には、それなりの事前準備をして臨んでいます。

それは、会社などの組織では当たり前のことなのですが、こうした世間ではほとんどやっている人はいません。

その極意とは、強さを出すことです。つまり、自信に満ちあふれた姿を演じるのです。

 
外見から見える強さとは、(1)立ち姿の姿勢が良いこと。(2)歩く速度も自信に満ちあふれたスピード感があること。(3)常に誰かを見ていること。(4)手や身体を動かして、自分のテリトリーを広く見せること。(5)響く声で遠くへ飛ばすこと。

まぁノウハウとしてはこんな感じですが、それ以前のマインドとして、立派な人のマインドになることも重要です。

イスに座っているときも、歩くときも、とにかく立派な人風に振る舞います。気分はアメリカ大統領になった感じで?

 
多くの人は、その人を外見の第一印象で「好き」か「どうでもいい」かを判断します。

だからこそ、その他大勢と同じ風に見えることだけは絶対に避けなければなりません。

で、どうせなら立派そうで、強そうで、頼れそうな感じに見せるのが得策です。それで、話す途中にちょっとした優しさをチラッと見せます。これポイントっす!

 
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まず笑顔で始めてみれば結果はすべて良し

 
朝、布団の中でまどろんでいると、あ〜なんか起きるの面倒だなぁ… って、毎朝思っています(苦笑)

でもそこをグッと「笑顔」で誤魔化しながら起きて、4つある猫のトイレ掃除をして、朝のゴミ出しへ行くのが日課です。

 
脳科学の常識では、笑うから可笑しくなる、笑顔でいるから楽しくなる、泣くから悲しくなる、怒るから腹が立つ。すべて行動が先です。

だから、 楽しく過ごしたければ笑っていればOK。とても簡単。

逆に、いつも怒っていればいろんなことに腹が立ってきます。腹が立てば愚痴りたくなるし、人を見れば妬みたくなります。心に悪いですね。

 
人は他人に対して怒っていても、言葉に出した感情がすべて自分自身の心に跳ね返ってきます。

他人へ怒鳴ったその声も、実は自分の耳にもっともクリアに聞こえています。そして耳から入った言葉は自分の脳細胞に矢のごとく突き刺さります。

だからこそ笑いと笑顔でいれば、耳に入る自分の笑い声に、自分自身がもっとも心地よく反応するわけです。

 
笑顔でいれば全身の筋肉が自然とリラックスし、何かの行動をしてもたいてい上手くいくという感じです。まず笑顔で始めてみれば結果はすべて良し

こんなに簡単に無料でハッピーになれる方法があるのに、みんな実行しないのはもったいないなぁ(笑)

 
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やっとブログ101記事目です

 
昨年11/2に改めて始めたブログが、やっと101記事目になりました。

 
4ヶ月もかかったわけなので、平均して一日一記事以下の更新頻度。これは少し遅いペースです。

このペースでいくと、年に300記事。1000記事書くのに3年以上かかる計算です。

できるなら、半年で1000記事は欲しいところ。

 
なぜ半年かというと、ネット検索で自分の記事が普通にヒットするには、だいたい半年くらいのスパンがかかるからです。

それと更新頻度が多い方が、やはりネット検索でも有利です。

巷ではSEO対策とか言いますが、やはり効果を実感できるのは更新頻度と半年のスパンです。

 
なぜネット検索でヒットした方が良いかというと、単純に人生にチャンスが増えるからです。

逆に、ネット検索でヒットしない人は、世の中に「存在しない」のと同じこと。

試しに自分の名前をネット検索して、自分が一番トップに出てこない人はかなりヤバイです。マジで!

 
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自分の定年は自分で好きに決めたい

 
定年という言葉が苦手です。まるで他者に自分の寿命を決められているようで大きなお世話でしょ。

 
私は48歳の時に、それまで務めた自衛隊音楽隊を自分から退職しました。つまり、定年を拒否ったわけです。

他者に自分の仕事寿命を決められるなんて、そんな従順な気持ちは髪の毛一本すらも持ち合わせていませんでしたし。

私は100歳まで自分の好きな仕事で働く気持ちが満々なので、ちょうどここらがキャリアを変える潮時だと考えていました。

 
もともと日本人は自分の意思で隠居をする時期を決め、第二の人生をプランニングしていました。

ところが、いつの間にか会社の都合で定年(隠居)を決められた上に、年金まで支給されて人生を国家にコントロールされるという残念なことになったわけです。

自分の人生なのに、その結末を年金という巧妙な方法で国家に牛耳られているという感覚すらないのが、現代に生きる人々の常識です。

 
その定年&年金という足枷から自由になるには、いつまでの自分の意思で働き続けることが人間らしい生き方ではないかと思うところです。

確かに、年金と貯蓄資産を運用しながら趣味を謳歌する老後というのもありです。それは価値観の違いですね。

それでも私は、一生涯、自分で稼ぎながら好きで楽しい仕事を謳歌するというのが目標です。

 
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騙される人のセリフ「そんなこと学校で習わなかった」

 
世の中には「騙す人」と「騙される人」がいると言われます。実際にはさらに「騙されない人」もいます。

 
学校で教えていることは正しいという盲目な思い込みは、お上の言うことは間違いがないと言う心理と同じでしょう。

でも、正解=正しいこと、という図式はまったくの嘘っぱち。正解とは誰かが意図的に決めたことだからです。

まずこうした前提で、なぜこれが正解とされているのかを疑うのが「騙されない人」です。

 
「そんなこと学校で習わなかった」というのは、学校では正しいことを教えていると思っているからこそ出る言葉です。

確かに習った時点では正しかったかもしれませんが、2〜3年もすれば世の中の定説は微妙に変わってきます。騙す人というのは、この微妙なズレをうまく利用し別な情報を与えて信じ込ませます。

家電屋の曰く、「今お使いのエアコンは10年前のものなので、最新機種に買い換えた方が消費電力が少なくてお得ですよ」というのがよくあるパターンです。

 
その結果、エアコンをすぐに新しく買い替えたとすれば、あなたは騙された人です。家電屋やテレビで言うことを信じたからですね。

騙されない人は、その情報を元にさまざまな情報を調べ、ホントに買い換えるべきかどうかを自分で納得して決めます。

日本製品は良いと信じるブランド信仰も、同じように騙されやすいパターンです。日本製品は、ただ単に日本人の好みに合わせて製品を作っているだけのこと。万人にとって良いものではありません。

 
「そんなこと学校で習わなかった」と言う人は、騙す側から見てお得意さまなのです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ