【吹奏楽】暴言の指導は言葉による体罰。それは指導者の力量不足です

 
とても興味深いネット記事を読み、それをツイートしました。


スポーツ指導で日常茶飯事な体罰指導ですが、吹奏楽の指導現場でも未だに同じような言葉による体罰が日常化しています。

いや、日常化というよりもそれが吹奏楽指導で当たり前の指導だと思われているフシがあります。

特に、自分が学生時代に吹奏楽コンクールで好成績を残した人は、そういう自分が受けた(言葉の暴力を含む)指導を成功体験として記憶しているから要注意です。

 

脳に蓄積される罵声

人の脳は、たとえ他人に向けて発した罵声であっても、それは自分向けて発した言葉として認識されます。

脳科学をちょっとでも知れば、「他人を怒る」ことに何の意味もないことに気がつくはず。

言葉による体罰(罵声)が日常茶飯事してしまうと、その言葉はすべて言葉を発した指導者にも跳ね返ることになり、もはや指導をしている状態ではなくなってきます。

そんな興奮状態にある人が、どうやって繊細な音楽に向き合うことができるのか…?

 
上手くできない生徒になんらかの罰を与えるとすれば、結局は「罰」の方だけが脳に記憶されてしまいます。

上手くできないのであれば、その場で少しでも改善できる(嬉しい)成功体験を記憶させる方向へ向けなければなりません。

人は「お金 or 感情」でしか動きません

暴言や罰という嫌な感情が残る指導では、本人の意思で動くのではなく、仕方がないから動くというその場限りの指導で終わってしまいます。

吹奏楽コンクールが終わって1週間も過ぎると、それまでの成果がすべてできなくなってしまうというのは、そういう理由です。

「出来る喜び」を感じる指導を受けた生徒は、本番が終わったあとでもちゃんとその成果が残っています。

つまり、毎年グレードアップしていくプラスの循環になります。

 


 


 
昨年と同じ指導しかできない人にはなりたくないものです。

自分が成長しない人が、他人の成長を指導するなんてギャグですものね。

 
じゃあ、またね〜

 
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