「子供は大人に話しを聞いてもらいたがっている!」ボランティア活動で得られた気づき

 
昨日は「市民憩いの森で遊ぼう」という、子供向け野外活動イベントで子供たちを率いるツアーリーダーをやっていました。そこで感じた事をつらつらと…

ツアーリーダーというのは、子供5〜8人のパーティーを組み、ロープで作ったいろんなアトラクションへ導いていく役目。そうしてパーティーを組むことで、単なるアトラクションを楽しむだけではなく、一貫性のある「冒険ストーリー」を体験させるという目的があります。

ロープで組んだモンキーブリッジを渡り、毒蜘蛛の巣をくぐり抜け、ターザンロープで飛び越え、ロープ渡しを渡りきる。そして赤いドングリを見つけてお花の種と交換してもらうという一連のストーリーです。赤いドングリは、地元ゆるキャラ「ふじみん」が元気になる素。そう、この森は今日だけ「ふじみんの森」なのですね。<某トトロの森に類似しているような感じ(苦笑)

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子供は大人に話しを聞いてもらいたがっている

何人かのツアーリーダーさんたちがいて、それぞれに独自性を出しながら子供たちと触れあってるのを横目で見ながら、僕は子供たちとお話をするってことを主眼に子供と接することにしました。

ほんとなら、それぞれのアトラクション待ちの間、子供を退屈させないような簡単なゲームでもできればよいのですが、あいにくとそういうスゴイなことはやらない性格できない人なので… ひたすら子供たちとお話をしていました。

最初は、見よう見まねでゲームをやろうと思ったのだけど、その時に子供達がボソッと「え〜、やりたくない」と小さな声でしゃべったのを聞いてしまい、それならばと「子供たちの話しを徹底的に聞く」ことに切り替えた次第です。

そうやって会話を楽しんでいると、子供ってほんとにいろんなことを話したがるのですね。幼児も低学年も高学年も、大人とまったく同じです。人は楽しそうに聞いてくれる人に、自分の話しをしたくてウズウズしてます。

 

聴くことの大切さ

「聞く」と「聴く」は違います。耳に聞こえているのと、耳を傾けて聴くというのでは、相手からみて全く違う行動です。相手の話を「聴く」態度でいる人に、人は好意を持って話しかけてきます。それは子供も大人も同じこと。

そうして「聴く」ことで、相手がなにを望んでいるのか、何をしたいのか、そういう人の自然な気持ちが感じられます。「聴く」ことに注意していると、相手を注視して「視る」ことにも繋がります。相手の顔色を見て、面白がっているのか、怖がっているのか、そうした気持ちまでが見えてきます。

子供に対して、躾け指導をしたり、楽しませてあげようという大人目線(教育・保護的)な気持ちで子供に接していると、この子供が発する表情や声を見落としがち。なぜなら、子供に対して「こうあるべき」「楽しませる」という定型に、はめようとしがちだからかもしれません。

子供はひとりひとりがみんな違う個性的な存在。元気な子もいれば、内向的な子もいます。ひょっとしたら、元気だと見える子は相手に応じて元気さを演じているだけかもしれません。そういう子供の隠された個性も認めてあげたいと思うのです。その出発点が「聴くこと」です。

 

いろんな人がいる世界

もちろん、「あいさつ」などの躾けを重視したり、子供を楽しませたいと思う人がいていいんです。私のように、子供の話を聴いてあげる人もいていいんです。大切なのは、「いろんな人がいる」という世界。

様々なアプローチで、子供を見つめ育てていくという社会全体の目線が大切なのです。いろんな大人と接することで、その時の自分の気持ちにマッチした人と触れ合い、心の安らぎや楽しさを求められる世界。そういう多様さに満ちあふれた世界が理想です。

終日、いろんなタイプの子供たちと触れ合いながら、その短い時間の中で僕自身もいろんな経験をすることができました。これこそがボランティアをする一番の醍醐味。人に無償で何か与えることによって、その何倍もの価値がある気づきを得ることができます。

 
人生の2割は、ボランティア活動をするべきだと思うよ Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

 
じゃあ、またね〜

 
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