最初に、私がゼロになった経緯を話します

投稿者: | 2020年7月23日

私は30年間、自衛隊音楽隊でコントラバス奏者をやってました。自衛官だけど仕事は音楽演奏です。つまりプロミュージシャン。

中学の吹奏楽部で音楽を始めた私は、高校へ入ると将来プロになるための専門家レッスンを受け始めました。

家に経済的な余裕はなかったので、早朝の市場でバイトしながら、その給料をすべて音楽につぎ込むという生活です。

ところが音大受験の前になり、高額な入学金や授業料をどう工面するかという壁に突き当たりました。その解決の糸口として自衛隊音楽隊のオーディションを受けたわけです。

そして幸運にも陸上自衛隊音楽隊のメンバーになることができました。最初の4年間は中部方面音楽隊(兵庫県伊丹市)、その後は退職まで中央音楽隊(埼玉県朝霞市)です。

数え切れないほどのコンサート、CDレコーディング、演奏旅行、式典での演奏。そして中学・高校吹奏楽部での演奏指導をしました。

そんな私の転機となったのは、2011年3月の東日本大震災です。災害派遣で訪れた岩手県大槌町で津波によって泥地と化してしまった被害を目のあたりにし、自分の家族について強く考えるようになりました。

それまでの自衛隊生活では、当直勤務や演奏旅行などで家を留守にすることが日常茶飯事。子供の運動会ですら片手の数ほども見に行ったことがありませんでした。

そして震災発災直後の3月末には5人目の末娘が産まれたばかりで、被災地で家族を失った人達の姿が他人事のように思えなかったのです。

そして4年間悩んだ末に自衛隊を依願退職し、政治家になるべく県議会議員選挙へ立候補しました。

地域にまったく縁故もない私がいきなり県議会議員になろうというのは暴挙です。その上で無念ながら接戦の末に落選しました。 → 選挙結果

自衛隊の退職金や蓄えをすべて注ぎ込み選挙に臨みましたが、落選して見事に無一文になってしまったという話です。

普通ならそんな無謀な挑戦をするバカはいませんね。ですがその時の私は、政治家になるというのがベストな生き方だと考えていたのです。

私を支えてくれた妻や子供たちにも、感謝と共に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

このブログでは、まったくのゼロ(無一文)になってしまった私がどうやって再起していくかという過程や現在をお話します。

世情不安定な今の時代、カタチは違えどそれまでの人生がゼロになってしまった方々もいらっしゃることでしょう。そんな方々と共感し合えることがあれば嬉しいです。

また、現在の自分を変えたいと考えている方々にも、なにかの参考になれば幸いです。人生を変えるというのは、実はとても簡単なことなんですよ。

行動を起こす前の不安や心配は、行動を起こしさえすればすぐに吹き飛びます。人は置かれた環境にすぐ順応できるし、環境が変われば考え方も変わります。

続きはまた次回…
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ