(吹奏楽)【秘伝】鳴らないバンドが上手くなる並び方

 
私のバンド指導秘伝「鳴らないバンドが上手くなる並び方」をちょびっと公開します!

 
鳴らないバンドというと、すぐにもっと息を入れろとなりますよね。これ、実は逆効果なんです。確かに音はうるさくなるかもしれませんが、演奏もガチャガチャしてまったく上手くなった感がありません。

上記の写真のような並び方のミソは、各パートのトップ奏者が真ん中に集まっていることです。まるで大きな木の幹のように、トップ吹きをまとめるのがコツです。

そして、そのトップ吹き同士がブレスのタイミングを合わせて、常に楽器の発音をピタッと合わせることを心がけます。

 
楽器を鳴らすには、身体が自然体の状態がもっとも良く鳴ります。とにかく、自分の意識を横に拡げて、楽器に息を入れることだけに集中させないことがポイントです。

意識して息をガンガン入れていると、口や喉に力が入ってしまい、逆に良い音色は出ません。逆に、良い音色が出ると、勝手に遠くまで飛んでいくんですね。

そのために最も効果的なのが、全員で気持ちをネットワーク化して拡げ、音の発音(ブレスのタイミング)をピタッと合わせやすいこの並び方です。

 
もう一つ、この並び方は演奏している人たちが気持ちよくないんです。自分の音がすごく良く聞こえるようになるので、ボロが見えます。この緊張感もバンド上達に良いんですよ。

一般的な並び方をしていると、自分の音が隠れることができるので、上手く吹けなくてもバレないという気持ちよさがあるんですね。

もちろん他にも、この並び方で合奏をするための秘訣はいろいろとあります。それは言葉では説明しにくいなぁ… ご要望があれば、いつでも教えに行きますよ(笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

高校生時代のアルバイトのお陰です

 
音楽で飯が食えるようになったのは、ほんと高校生時代のアルバイトのお陰です。

 
程度の差はあれ、プロの楽隊屋(ミュージシャン)として食っていくためには、途方もないお金がかかります。

正直、私の家は余裕がありませんでしたから、すべてのお金を自分で捻出するしか方法はありません。

それでも、なんとかして音楽で食っていけるというまったく根拠のない自信だけはありました。とにかく子どもの頃から自己肯定感が異常に高いのです!

 
そういうわけで、高校入学したらすぐに早朝市場でのアルバイトを見つけて、そこで3年間、登校前に働いていました。

もちろん私の高校生時代も、基本的に学校はアルバイト禁止です。でも、私は自分の一生がかかっていましたから、そんなことは無視してました。

朝6時〜8時まで働いて、そのお金をほとんど音楽のレッスンやレコードや楽譜につぎ込みました。昭和50年代当時は時給が400円台のところを、早朝バイトだと600円もらえてましたので、1ヶ月で約3万円の稼ぎです。

 
学校では授業中に教科書や小説を読みまくり、放課後は遅くまで吹奏楽部で楽器を練習し、夜は楽器のレッスンやゲームセンターでギャラガに入り浸りの日々。

目標は音楽大学へ入ることですから、その勉強以外はすべてスルーです。我ながらよくそこまで割り切っていたと感心します。

今、こうして音楽を指導できるのも、高校生時代に先生の言うことをまったく無視し、自分の目標に向かってアルバイトで資金を稼いだお陰ですね。でも、当時も私のような生徒は珍しかったですよ。昭和30年代の学生みたいだと言われました(笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

 
追伸:ちなみに、うちの次男のことを中学の校長先生が、「彼は昭和の中学生だ」と言ってました。これは血なのか? (謎)

センスがある人・ない人の違い

 
センスがないと出来ないと思われている仕事がいくつかあります。例えば、デザイン関係とか、音楽関係とか…

 
多くの人が勘違いしているのですが、センスとは元々備わっている素質のようなものではありません。センスとは、膨大な知識と経験の使い方です。だから誰でもセンスを持つことが可能です。

例えば、デザインの仕事であれば、こういう表現をするためにどんなスタイルを選択するかという膨大な知識と、それを経験値に照らし合わせて効果的に使えることが「デザインのセンス」と言われるものです。

音楽であれば、いろんなスタイルの音楽を理解できる膨大な知識と、それを経験値に照らし合わせて瞬時に使い分けられる演奏能力が「音楽のセンス」です。

 
それはデザインや音楽だけでなく、営業や職人、管理職、接待業、サービス業など、ありとあらゆるジャンルにおいて、知識と経験によるセンスを発揮することができます。

もしも「私はセンスがない」と思っている人がいれば、それは単にそのジャンルの知識不足と、その知識を仕事に役立てる経験が不足しているだけのこと。

経験と言ってもその元ネタとなる知識が必要ですから、単に勤務年数が多いだけの人にはセンスがあるとは言えません。

 
逆に、自分はそのジャンルの専門外だったとしても、別ジャンルの知識と経験を活かせるセンスがあれば、すぐに異なるジャンルのセンスを磨くことができます。

だから、「そんなことは専門家の言うことを大人しく聞いていれば良い」というのも見当違いです。それは専門家ではなく、どんなジャンルでもセンスを発揮できる人の言うことを聞くのが正解でしょう。

ちなみに、器用な人というのは、「それはどういう結果になれば良いのか」を第一に考え、そのための方法論を逆算してセンスを発揮できる人のことだと思います。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

自分がホントに好きなことはなんだろうか?

 
自分がホントに好きなことはなんだろうかと考えたことがありますか?

 
今まで私は、「自分は音楽が一番好きだ」となんとなく思っていました。

と言いつつも、プロとして楽隊で自分の好まない指揮者の下で楽器を演奏することの無気力さにも嫌気を感じていました。

どんなに楽器を演奏するという他人から見るとうらやむような仕事であっても、組織の中にいるかぎりはその目的に沿ったことをやるサラリーマンですから。

 
今はいろいろあって楽器を弾くことを止めてしまいましたが、未だ音楽は学生(吹奏楽部)たちへの音楽指導(外部コーチ)というカタチで関わっています。

学生たちの演奏する音楽が上達し、それを聴いたお客さんたちが喜んでいただけるのがとても楽しいと感じています。

つまり、単純に音楽が好きというよりも、音楽によって得られるその先の何かが好きだということになります。

 
それは音楽でなく便利屋の仕事でも同じこと。他ではなかなか引き受け手がいない手助けを頼まれ、それをこなして依頼者に喜んで頂けるのがとても楽しいのです。

政治をやりたいと思ったのも、きっとそういう思いだったのでしょう。何かを大きく変えるというのではなく、(東日本大震災の現場で強く感じた)人々に元気になってもらいたいという想いです。

今のところ、その一番の手段が音楽や便利屋という仕事なわけですね。50歳を超えて、やっとそのことにハッキリと気づきました。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ