勉強するより、まず出来る人を真似る

 
なにか新しいことにチャレンジしようとするとき、最初に勉強をして知識をインプットするのはダメなやり方です。

 
何がダメかというと、新しいことをする時は頭であれこれ考えるのではなく、身体を動かして身体で感じるべきだからです。

赤ちゃんが歩き始めたときや言葉を発した時、それは誰かの真似をして始めますよね。それがもっとも自然な方法でしょ。

それはどんなに大人になっても同じこと。まずは出来る人を観察して、その人がやっていることを真似することから始めます。

 
どんな理屈も、後になってその動きを体系化して作ります。理屈や知識というのは、その動作の身体感覚がないと身につきません。

あの人のようにバリバリ仕事ができるようになりたいと思ったら、あの人を観察してその動作を真似ればいいんです。どんなに自己啓発本を読んでも、すぐにバリバリと仕事ができるようにはなりません。

あの人のようにカラオケを上手に歌いたいと思ったら、あの人のファッションを真似たり仕草を真似ればいいんです。普段の行動から真似しないと、格好よくカラオケが歌えるようにはなりません。< 特に芸事は外見から入るのが正解です

 
延々と真似をしていると、そのうちにいろいろと考えるようになります。相手をじっくりと観察しているわけですから、何が自分と違うかを考えるわけです。

そうして、相手の動作にどんな意味があるかを考えるようになります。自分で仮説をたてて、実際に行動してみて、それを検証します。

そうして考え出したときに始めて、知識を勉強するのが正解。もう「なるほど!」感がハンパじゃないです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

常識に縛られない天邪鬼になれ

 
子どもの時から「屁理屈言い」とか「天邪鬼」とか言われていました。人と同じというのが嫌な子どもでしたので。

 
人と違うことをするためには仲間はずれになるのも平気という子ですから、喧嘩も人並み以上に多かったです。いつも負けて勝ったことはありませんでしたけど(苦笑)

そんな極めてサラリーマン向きでない人なのに、なぜか自衛隊の音楽隊という、極めてガチガチな組織で30年も過ごしたのですから、もうお笑いです。

それでも、人が嫌がることを面白がる気質なので、他の人が経験できないような(思いっきり)貴重なことをたくさんやらせてもらえました。

 
私にとっては、「非常識だ!」と怒られるのが最上の褒め言葉です。常識的な生き方をしていたら、今の自分はありませんからね。

多くの人は自分の常識が否定されると、怒り出すか不安でいたたまれなくなります。身体と心が拒絶反応をしめします。

だから、携帯電話・スマホやパソコンをいつまでも触らないで、時代の流れに逆らおうとします。否応なしに使わないと仕事すらなくなるというのに… 

 
いつも天邪鬼な気質で常識の裏をかこうとしていると、非常識な新しい時代の流れにとても敏感になり、すぐに自分で取り入れようとします。

それは新しい技術の使い方だけではなく、それを合理的に使いこなすための新しいマインド(価値観)をもすぐに取り込もうとします。

そうやって非常識なことを追いかけていると、どんな状況になってもそれなりに生きていくことができます。こんな天邪鬼感が私の根拠のない自信の素です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ