便利屋って実際どうなの?

 
便利屋を開業していつの間にか1年5ヶ月が過ぎました。おかげさまでご贔屓なお客様も増え、なんとかやっています。

 
初めてのお客様のところへ行くと、必ず訊かれるのが「今まででどんな依頼がありましたか?」という質問。

そりゃそうですよね、私だって他の便利屋さんにどんな仕事を引き受けているのか訊いてみたいくらいです(笑)

私の場合は、世間でよくあるお掃除とか家事手伝いとか比較的イメージしやすい仕事は少ないです。なにせ24時間営業ですから。

 
ホントかどうかは定かでありませんが、この関東で24時間営業をしている便利屋はどうやら私だけのようです。現実、それくらい需要は少ないのです。

さらに、基本的にヤバイ仕事以外でしたら何でもお引き受けするので、いつも初めてやるような依頼が多いです。

私も内心、これどうやって解決するの?と悩むことが多々。でもまぁ、なんとか知恵を使ってマメに動いて依頼をこなしています。

 
で、実のところどんな仕事を引き受けてるのよ?と気になるでしょ。アハハ、もちろんみなさんが普通にイメージできないようなこともやっていますよ。

普通の街の便利屋的な仕事が4割くらい。あとの4割は肉体労働。そして2割が、お墓まで持って行く個人情報満載で言えないお仕事。

都内一等地タワーマンションから、床下に這いつくばっての悪臭清掃まで、ありとあらゆる方と動物の人生をお手伝いさせていただいてます。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

クレーマーは自分自身が信用を損をしていることに気づいていない

 
Amazonレビューなどで容易に☆一つ付ける方がいます。

 
Amazonレビューでは、商品や店舗にレビューが付けられていると思っているのは、単純な顧客目線です。

レビューを付けた人の名前をクリックすると、その人が他にもどんなレビューをつけたかが一覧できます。

それら一連のレビューを読んでいると、残念ながらその人のことを信用することがキビシイと言わざる方もいます。

 
店舗目線や私のようなレビュー・ウオッチャー目線から見られているとは、多くの方は気づいていないでしょう。

私もAmazonレビューを書いていますが、☆一つ☆二つなんて怖くて書くことができません。

ましてや、自分の一時の感情で辛辣なレビューを書くのは、ネット社会において自分の信用をなくす行為です。

 
いや、匿名であれば何を書いても解らないだろう。そう考えるのは、悲しいくらい考えが甘いです。

匿名という隠れた立場で書いている限り、表舞台へ出て信用を得ることはできません。というか、怖くてできないでしょう。

信用と得るというのは、他者を非難するのではなく、自分の好きなことをたくさん情報発信(レビュー)して同好の方々にシェアしてもらうことです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

行き当たりばったりの人生でいいんじゃない

 
私の人生は、1年以上先はほとんど無計画です。そんな先の話は、どうなるか未知数ですから。

 
これがサラリーマンであれば、数年先に自分がどんな場所で仕事をしているかが予測できるかもしれません。

ですが、さすらいの個人事業主に1年先の将来がどうなっているかまでは解りません。とりあえず、家族共々なんとか生活していることが目標かな。

逆に、1年後は時間とお金に自由な生活をしている可能性もあります。というか、そうなるために日々24時間営業で働いています。

 
さらに言うと、老後の心配すらほとんどしていません。そもそも20〜30年後には老後という言葉すらなくなっている可能性が大。

老後の蓄えはある程度は必要ですが、それよりも一生お金が稼げる仕組みを作ることの方が先決です。

しかもこの先、2045年にはシンギュラリティ(技術的特異点)がやってくると予測されているご時世です。今の常識尺度で将来を考えてはいけません。

 
多くの人は日本という国家を信用しています。最後には国がなんとか面倒をみてくれるだろうと、ほとんど願望レベルでそう思っています。その上で、将来の老後を計画しています。

でもホントの意味で貯めるべきは、お金を生み出す素となる「信用」です。信用は自分本位な計画では得られません。その場その場で、社会のために最良の選択をしながら生きていくことが肝心。それはたとえ80歳からでも始められます。

人生は先が解らないからこそ面白いのです。山あり谷あり、最後はどんなこともすべて笑い話。行き当たりばったりで前に突き進む人生です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

人様に迷惑をかけることは、おたがいさまです

 
(×)人様に迷惑をかけちゃいけません。いつも人様からどう見られるかを気にしなさい。
(○)生きていれば誰かしらに迷惑をかけるのだから、他人から迷惑をかけられても「おたがいさま」と受け入れましょう。

 
普通に生きていく限り、他人に迷惑をかけないで過ごすことは、ほぼ不可能です。

だからこそ、人様に迷惑をかけないように気をつけなければ… というのも、なんだか変。
そのことが他人に迷惑をかけているかどうかなんて、その人ごとに受け取り方は違うからです。

自分を抑えてまで、そんなあるかどうかも解らない迷惑の心配をして萎縮するほうが、よほどか周囲の人たちに迷惑をかけています。
なぜなら、いざという時に誰の役にも立たないからです。

 
世の中にいろんな考え方の人がいるというのは、私たちが生きる上での保険のようなものです。

もしも今の生活が根本からひっくり返るような出来事(大災害)が合ったとき、誰もが同じ考えかたであれば、その種は絶滅します。

それぞれの人が得意なことを発揮できる風通しのよいコミュニティがないと、その地域はなにもかもが行き詰まってしまいます。

 
私のようなとんでもないチャレンジをして失敗し、周囲の人たちに迷惑をかけるような人がいるから、世の中はうまく回っていきます。

人様に迷惑をかけたら、ごめんなさい
誰かに助けてもらったら、ありがとう
誰かにごめんなさいと言われたら、おたがいさま

この三段活用で、人様に迷惑をかける以上のハッピーを振りまきましょう!

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

いつでも今この瞬間がスタートになる時代

 
いつでも今この瞬間がスタートになる時代とは、いつ行動を起こしても成長が約束されている時代だということ。

 
今の時代は、ほぼすべてのジャンルにおいて指数関数的な成長曲線の時代です。最初の1+1=2は同じですが、次は2+1ではなく、2+2=4となります。

従来のように常に+1の成長曲線だと、先に始めた先人を追い越すことは容易ではありません。人の何倍も努力しないと+1を+2にできないからです。

しかし今は違います。2+2=4となり、4+4=8となるブレイクスルーの時代です。1→2→4→8→16→32→64→128→256→512→1024→2048→4096→8192…

 
とは言え、従来と同じ方法でスタートをきれば、結果はやはり従来と同じ+1でしかありません。いや、実際にはもっとひどくなっているかもしれません。

時代の変革期だからこそ、時代の流れをつかみ従来の価値観から脱却することが必要です。つまり、ノウハウ以前にそれを使いこなせるマインドが必要です。真似をしたくなるマインドの師を持つべきです。

「いや、私はもう古い時代の人間だから… とても、、、」と言うそのマインドこそを変えるべきです。歳が若いとかベテランとかは問題ではありません。マインドを変えるかどうかです。

 
私はパソコンが苦手で… という人に問いたい。では、なんだったら得意ですか?と。まさか、ソロバンだったら任せてくださいなんて人はいませんよね。苦手だと思っているのは、パソコンの何が苦手なのかが解らないのです。

まずなんでもいいから初めてみて失敗をしてみる。そしたら次はその失敗をクリアするための先生(師or本)を見つける。失敗をすれば、次に成長するにはどうすれば良いか道が見えてきます。

今現在は、この瞬間にスタートをきるだけでちゃんと成長が約束されている時代です。しかしスタートをきらない限り、成長するマインドには変わりません。やるかやらないか、それだけのことです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

いじめゼロを目指さない仕組みつくりを

 
まず大前提として、人は「いじめ」をやめることはできません。それは脳科学的に説明されています。


中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』2017年,小学館新書

 
人の感情とは、脳内物質によって引き起こされる現象です。その人の性格という資質もありますが、それが行動となって現れるのは、脳内物質がなせる技です。

愛情ホルモンのオキシトシンによって、愛情を深めたり仲間意識を深めると同時に、それが行きすぎて仲間に制裁を加えるいじめに繋がります。そして、仲間意識が深まるほど理性による制御が効かなくなってきます。

安心ホルモンであるセレトニンの不足によって、集団を守るために裏切り者を探す方向へ進みます。異質な人を排除するという仲間内での正義を守ることで、脳内麻薬のドーパミンが快楽をもたらします。

 
つまり、他者をいじめることによって自分が仲間内で認められるという正義の快楽が得られるわけです。とっても気持ちイイんです!

学校や職場という密室の中で仲間意識が高まるほどに、本来は快楽を押さえるはずの理性は大きく低下します。真面目な人たちほど危険です。

いじめゼロを目指すとは、仲間に認められるという快楽を押さえること。集団行動を身に付けることを目的とした学校のあり方を、真っ向から否定することに繋がります。

 
クラスが体育祭や合唱祭という目的に向かって団結しようとしているときほど、集団のルールに従いにくいと思われる(自己主張をしない)弱者をいじめるという結果になり、教師すらクラスの団結を優先するがために理性や弱者への共感力が弱まってきます。

「いじめゼロ」を目指すのではなく、「いじめ」はあるという前提で、自分が相手を攻撃すると損をするという仕組み作りが必要です。

いじめは人類が種を守るために必要なこと。この機能がないと、すぐに異分子に滅ぼされてしまいます。いじめゼロというのは、性欲ゼロとか食事ゼロとかと同じ意味合いなんですね。必要なのは、ゼロではなくコントロールすることです。

 
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将来ビッグになりたいのなら自己開示すべし

 
俺は海賊王になる! いや、俺はビッグになる! と思うなら、自分をさらけ出すべし!

 
なぜなら、自分がどんなに天才であっても、どんなに努力家であっても、キーパーソンに出会わないと人生は好転しないからです。

しかも、自分からキーパーソンを選ぶ事はできません。誰がキーパーソンになるかは、自分にはまったく解らないのです。その人があなたを見つけてくれるのをひたすら待つしかないのです。

その人に自分を見いだしてもらうためには、自分が目立つ存在になることが第一。天才であっても、努力家であっても、その人に見いだしてもらえるように目立つことが必要です。

 
ではどうすれば目立つことができるのか? まず、SNSでたくさん投稿しても無駄ですね。ネットはオマケみたいなものです。

ミュージシャンであれば、毎日駅前で演奏したり、毎日ライブハウスで演奏したり、とにかく他人の10倍くらいの露出度が必要です。

あのビートルズでさえ、売れる前には気の遠くなるようなライブでの下積み生活がありました。とにかく人前に出続けなければダメ。

 
その上で、ネット検索したときにバッチリ検索にヒットすること。つまり、毎日ブログを書いて自己開示をする。やはりSNSはオマケです。

口コミで知る、ライブで見かける、ネット検索にヒットする。こうした3つの連続があって初めて、人はあなたのことを記憶にとどめます。

そうして自己開示をすることで、あたかも誰もが真似をできないほど努力をしているように見せることができます。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

こうすれば簡単にできるブログの書き方

 
かんたんにブログが書ける10行の技を伝授!

 
ブログを書こうと思ってもどう書けばよいかわからない方へ、私が実践しているかんたんな方法をお伝えします。

それはとっても簡単で、文章を10行でまとめるという方法です。それぞれの行の間には余分に改行を入れて読みやすく工夫するのが小さなコツ。

さらに一つの行に書く文は1〜2個まで。どうしても書き足りないと思ったら、おまけして3個まで。

 
その10行の構成は、1行、3行、3行、3行のレイアウトです。最初の1行には見だし的な文を書きます。

次の3行で最初に書いた見だしの説明をします。さらに次の3行でその内容を展開させます。

そして、最後の3行で内容をガラッと転じつつ全体をまとめます。可能なら、最後の行で決め台詞的なものがあると良いかもね。

 
調子に乗るとたくさん書いて説明したくなりますが、そこをグッと我慢してできるだけ簡潔に文章を書かないと、内容が終わらなくなります。

秘訣は、読んでくださる全ての人に伝えようとは思わないこと。私が想定しているのは、私の後ろについてきてくれるファンな人です。 ← そんな人はいるのか?

ブログには自分の独白を書くのではなく、目の前の聴衆に語りかけるような感じで書くと良いと思うよ。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ