パソコンがあればどこでも仕事ができる有り難み

 
今このブログを、名古屋のマクドナルドで書いています。

 
先ほどまで1時間ばかし、パソコンでお仕事をしていました。

遠方へ出かける際には、ノートパソコンとモバイルルータは必需品です。

ネットに繋いで自宅パソコンのリモートアプリを起動し、自宅の仕事パソコンをリモートで操作しています。

 
いつも使っているMacBookには、仕事関係データなどは一切入れていません。というか、データはすべてクラウド上にあります。

一つの仕事につき一台のパソコンというスタイルで、数台のパソコンを使っています。複数の仕事をやっていると、頭がこんがらがってしまいますからね。

もしもパソコンが壊れた時のことを考えると、こうしてリスクを分散させることも必要です。

 
今はモバイルルータの速度も速いので、日本全国どこにいても自宅のパソコンをストレスなくリモート操作できます。

こんな働き方ができるのも、ここ数年の進歩のおかげですね。

1〜2年後には、「今このブログを、台北のマクドナルド?で書いています」なんて書いていることでしょう。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

 
P.S.
マクドの隣席には中国人家族が中国語でワイワイと食事中です。実はここ、台北だよ〜ん!

ウソ
 

子どもにもわかるように、ひらがなで話す

 
今日は、日本で暮らす外国人を助けているふじみの国際交流センター・FICEC・理事長さんのお話(セミナー)を伺ってきました。

日本で生活している外国人の数は、おおよそ240万人。ここ埼玉県でも16万人の外国人が暮らしていて、44人に1人が外国人という時代です。

まだ日本語があまり話せない外国人とコミュニケーションをとるには、ひらがなで話すことが良いとのこと。

 
ここでハッと、数年前に『「ひらがな」で話す技術』を書かれた西任(にしと)暁子さんのセミナーで伺ったお話を思い出しました。

ここで言う「ひらがな」とは、漢字にしなくてもわかる言葉のことで、耳で聞いてすぐにわかる「丸い言葉」のことです。

例えば、「誰でも理解できるよう説明してください」 → 「子どもでもわかるように話してください」 という感じですね。

前者は漢字の意味がギュっと詰まって閉じた「四角い言葉」ですが、後者の「丸い言葉」は意味が開かれていてわかりやすい感じがします。

 
「話がわかりやすい」とは、相手のことを思いやりながら話すことですから、日本人同士でも気を付けたいことです。

特に、話していて自分が気持ちよくなっているときほど気を付けないといけません。自分が気持ちいいときほど、相手は我慢をしているからです。

同じ話を聞いても、人それぞれに思い浮かべる景色はバラバラです。だからこそ「ひらがなで話す」わかりやすさが必要なんですね。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

点字で表現できる世界が凄い!

 
広瀬浩二郎『目に見えない世界を歩く -「全盲」のフィールドワーク-』平凡社新書,2017年 を読みました。

 
最初はなにげに図書館で手にした本です。表紙には、たぶん本のタイトルが書いてあるらしき点字シールが貼ってあります。

点字は視覚障害者が社会へ繋がるためのツール。点字により、世界の知と触れ、遠く離れた他人と交流することができます。

6つの点で言葉や意思を表現できるツールを、視覚障害者は指先で触って理解しています。触るという当たり前のことに、ハッと驚きました。

 
目で見ると、(書いてある意味はさっぱり解りませんが…)なるほど6つの点の組み合わせなんだなと理解できます。

しかし、目をつぶって指先で触ると、正直まったく解りません。6つの点という以前に、その細かな点の差違がまったく解りません。

この点字を触っただけで理解できるというのは、相当に触覚が鋭いはず。逆に私たちは、目が見えていることで、これほどまでに触覚が鈍いのです。

 
これはものすごいカルチャーショックです。白い杖をついて歩いている視覚障害者の世界を、改めて凄いと感動しました。

そして目が見えないがゆえに、ここまで苦労して点字をマスターしたんだなということにも気がつきました。

今まではそんなこと考えたこともなかったのに… 矢も立ってもいられず図書館で数冊、関連本をリクエストしました。この世界のことを、とても知りたいです!

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

勉強して行動しないと生き残れない時代だよ

 
「僕は学生時代よりも今の方がずっと勉強しているよ」と言うと、中学生が「えー!学校出ても勉強してるんですか!?」と驚いてました(笑)

 
もうお酒を辞めてから1年半近くになります。お酒を飲まない一番のメリットは、寝る直前までずっと仕事(勉強)し続けられること。

勉強と言っても資格試験取得などではなく、読書したりブログを書いたり、新しい仕事のテストをしてみたり、そういう楽しみながらやってる勉強です。

きょうび飯の食える資格なんてほとんどありませんから、取るだけ無駄。そんな暇があるなら、とりあえず新しいビジネスのホームページでも作ればいいんです。

 
私から見ると、仕事終わりに意味もなく居酒屋で酒を飲むなんて、正直、自殺行為にしかみえません。

いつ自分のいる会社が無くなるかもしれない時代に、自分の強みを作る勉強をしないと生き残れません。

遊ぶなら遊ぶで、好きをとことん突き詰めて、それでお金が稼げるレベルまで徹底して遊ぶべきです。

 
よく人脈作りが大切という声がありますが、自分に何か強みがない人が人脈を作っても意味がないでしょ。

以前まで(仕事以外の)個人名刺を作って配ってましたが、今はもう辞めました。それよりも自分が圧倒的な強みを創ることが先決だからです。

チャンスはある日突然にやってきます。たとえ未完成であれ、何かの強みを持っていないとそのチャンスを捕まえることはできません。マジっす。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

私は48歳で年齢が止まっていることに気がついた

 
私は48歳の時、それまで30年間務めた自衛隊(音楽隊)を依願退職しました。

 
あれから早3年が過ぎて、最近ふと気がついてみたら自分の年齢が48歳で止まったままのことに気がつきました。

もう昇給もなければ定年もないわけですから、年齢はどうでもよいのです。自分的にほとんど意味のない誕生日の公開もやめました。

自分自身ではまったく体力的な衰えもまったく感じてませんし、老眼すらやってきません。

 
よくよく考えてみると、世間はなぜそんなに年齢を気にするのでしょうか。

人によっては年金の支給を受けたくて早く歳をとりたがっている方はいますよね。

私の世代で考えれば、年金はもらえればめっけもんみたいなものです。その前にベーシックインカムが来るかもしれません。

 
なぜ自分の年齢感覚が止まっていることに気がついたかというと、私よりも年下の人がすごく歳をとっているように見え始めたからです。

たぶん私も40代の時には将来(老後)のことを考えてみたりして、今よりもジジ臭い考え方をしていたかもしれませんね。

病は気からと言いますが、年齢も気から来ます。今の時代、実年齢マイナス20歳くらいでちょうど良いのではないかと思いますよ。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

長文がスルーされる時代に書くべき文章は?

 
最近のベストセラーの特徴は、とにかく文章が短いこと。

 
今どき長い文章を書いても、8割方はスルーされます。Facebookで「いいね」をもらっても、その文章はろくに読まれていません。

実際、Twitterでも140字制限だし、Facebookも文章が長いと「もっと見る」と表示されてしまいます。

そんな長文=すべてが表示されないという時代に、どんな文章を書けばよいでしょうか。

 
私が書くときに気を付けているのは、文章が表示された時のリズム感です。

文章を読んだとき、できるだけ頭を使わなくてもなんとなく意味がわかること。

そのために、言いたいことのすべてを書かかないで、6〜8割くらいに絞って伝えるようにしています。

 
それで書き足りないことがあれば、それは別のブログネタでテーマを変えて書きます。

ベストセラー本の構成を見ると、だいたいそのような感じで編集されていますね。

自分の主張も大切ですが、それよりも伝わることを最優先にして書かないと無駄骨になってしまいます。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

恥をかくことのススメ

 
あなたは一生のうちでどれだけ恥をかいてきましたか?

 
ほとんどの方が、今思い出しただけでも「ギャー!」っと叫び出したくなるような「恥」がいくつかあるはず。

ですが、その恥によって1〜3年後もいまだ人生の大きな不利益を被っていることはまずないでしょう。

誰もあなたのことに興味はないんです。一緒に住んでいる家族だって、あなたのことにはほとんど興味がありません。

 
誰もが興味を持っているのは、自分のことだけです。だから誰もが自分の恥をいまだに覚えているわけです。

だから、自分さえOKならばどんな恥だってかいても大丈夫です。その恥を許すのは、誰でもない自分だけなんです。

私はいつでも自分の都合のよいように記憶を書き換える能力を身に付けましたので、恥をかくことの抵抗がありません。

 
大勢の前で平気でしもどろになりながらも話し続けることができるのは、まぁそういう能力(の欠如?)のお陰です。

失敗というリスクを恐れずにいろんなことにチャレンジできるのも、そういう気質のなせる技です。

私が一番恐れているのは、行動が起こせたのに何もしないで後になって後悔すること。どんな恥よりも怖いのは「後悔」です。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

音楽の好みは14歳の時に聴いた音楽で決まる?

…人々の聞く音楽を分析した結果、10代の時聞いた音楽が、その後の音楽の好みに最も大きな影響を与えることが判明した。(中略)
…平均すると、男性の最も好きな曲は、14歳の時にリリースされた曲であることが多いそうだ。(中略) 女性の場合は…平均13歳の時にリリースされた曲が最も好きな音楽になるという。
大人になってからの音楽の好みは14歳の時に聴いた音楽で形成されている – FNMNL (フェノメナル)

 
な、なんと、まさしく思春期に聴いていた音楽が、今でも私の心に刺さるソウルミュージックです。

「大都会」 クリスタルキング
「異邦人」 久保田早紀
「昴-すばる-」 谷村新司

カラオケが苦手な私も、このリクエストであれば小指を立ててマイクを握らせていただきます!

 
クラシック音楽を湯水のように聴いていたのも、同じく中学生の時でした。

ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」
ドボルザーク/交響曲第9番「新世界より」
マーラー/交響曲第2番「復活」

今でも、目玉を右上にずらして思い出せば、当時眺めていたスコアのページが脳裏に湧き上がってきます。

 
思春期に聴いていた音楽って、脳内にオキシトシンが大量異常放出された初恋のように、聴いているだけで切なく悩ましくトキめくもの。

今でもふとした弾みに、脳内無限ループ再生されて口ずさんでいたりします。三つ子の魂どころか、思春期の煩悩はいまだに続いていますね。

ひょっとしたら、人生の最後に聴きたい音楽も、「大都会」〜「異邦人」〜「昴-すばる-」かもしれません。私の葬儀で出棺時には、この3曲で行きましょう! もちろん、事前に私がカラオケで吹き込んでおきますので…

わ〜れは逝くぅ〜♪ さらば〜(※ すぅ〜ばぁ〜るぅ〜)よぉ〜♫
※ 必要に応じて、奥さんの名前になる可能性もあり

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ