小説を読むと人間を学べる

 
それほど暇ってわけじゃないですけど、たまに小説も読んでいます。ビジネス書ばかり読んでいるわけじゃありません。

小説には人間の心に関するノウハウが詰まっています。心理学や脳科学の本を読むより、人間についての鋭い洞察に満ちあふれているのが小説ですね。

男性が女性の視点で物事を見るとか、女性が男性の視点で物事を見るとか… 他人になりきって他人の人生を味わえるのも小説の醍醐味です。

もちろんそれは作家の創作なんですけど、読む人が共感する内容を書かないとその小説は売れません。だから自然と、人の心に深い洞察のある心理描写になっていくわけです。

中には、映画やドラマから受けるものとは桁違いの、深い感涙と心震える感動に襲われることすらあります。なにより、文字を読みながら自分の脳裏に主体的に場面情景や心理状態を描き出しているわけですから、もう深みが段違いに違うわけです。

高校生の時に読んだロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』で主人公の初恋場面などは、今でも想い返すと切ない気持ちになったりします。主人公の生き方に共感するときなど、もう自分自身がまったく違う人生を生きている感覚が実感できます。

案外と自分自身の体験は忘れてしまうものですが、小説で読んだ恋の甘酸っぱさは未だにリアルな感覚で覚えているのが不思議なぐらい…

文学も、音楽も、芸術(美術アート)も、人の心の豊かさや新鮮さ、奇抜さなど、ありとあらゆる人の心を表現したものです。どれも人間学の素晴らしいテキストですね。

もっとも、最近ではオーディオブックで小説を読んでいる、いや聴いているので、さらに脳裏に情景が浮かぶようになってきました。ラジオ・ドラマの深みにはまってしまった感じです。

で、オーディオブックで感動してしまうと、さらに図書館で借りてきて本でも読んでしまうという念の入れようです。小説、最高! <そんなに暇じゃないんですけどねぇ(苦笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

自分の頑張りに見返りを求めちゃダメ

 
他人を動かすには、お金か感情に訴えるのが鉄則。例えば、これをやればお得とか、メリットがあるとか、そういう何らかの見返りを期待させるという手法です。感情というのは、単純に感動してもらうこと。

あと、ホントは乗る気じゃないんだけど、これを頑張ってクリアすれば何かの見返りがあるから頑張るというのもあります。学校のテストで100点を取ったら何かを買ってもらえるとか、資格試験に合格すれば給料に手当がつくとか。

こういうの、私はすごく苦手。そもそも、頑張ったら見返りをもらえるなんて大ウソですよ。世の中、そんな上手い話はありません。こういう頑張りはすべて無駄です。

見返りがあるから頑張ってる姿って、端から冷静な目で見ていると可愛そう。頑張ったら報われるというのは、ほんとに真っ赤な大ウソです。テストで100点を取っても給料は上がらないんだから。

世の中の大半の人は、どんなに頑張っても人生が報われることはありません。長い人生で、棚からぼた餅みたいなラッキーなことは一つくらいしかないんです。あとのほとんどは報われません。

だから最初から見返りなんて求めないで、そのことを単純に楽しんじゃえばいいんです。最初は興味のないことでも、やりだしたらいろいろと思うところがでてきます。そこを楽しめばいいんですよ。

それは自分自身だけにヒットするようなささやかな楽しみ方かもしれません。例えば、道路端に落ちていたゴミを拾ってキレイなった道路を見ると、小さな達成感があってすごく楽しくなるとか。<やってみたら解りますが、ホントに楽しくなります。

誰かのためにやるとか、誰かに認めてもらいたいからやるとか、そういうのも端から見ていてとても痛いし、正直なところはた迷惑。

私は今、地域のPTA会長とか、市との共働事業の代表とかやってますが、これはどれも自分が楽しいからやっていること。PTA会長なんて、ほんとは面白いからずっとやりたいんだけど、残念ながら子供が学校を卒業してしまったら終わってしまいます。とても残念。

就職に有利かもしれないと思って、特に必要もない資格試験の勉強をしている若者を見ると、もう内心で頭をかかえてしまいます。そんなことする余裕があるなら、好きなことに全精力をかけて楽しめばいいのになって思いますよ。世の中、見返りを求めても報われないんです。無駄無駄。

 
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「常識がない」は一番の褒め言葉

 
以前勤めていたお堅い職場で上司によく言われたのが、「常識で考えれば解るだろ!」という指導でした。

もちろん常識というのは、その職場での見えざるルールみたいなものです。どこの職場にもあると思います。

そうしたルール(常識)を、結果的に無視したカタチで動いていた私ですから、まぁ怒られるのも当然のこと。

最終的に選挙に立候補するので退職しますという、前代未聞の非常識な辞め方をしましたし、そういう意味でも徹底してます。

子供の頃から天邪鬼(なんでも人の反対をやりたがる)な性格なので、まぁ当然の結果なわけです。

自分自身では30年間もちゃんと公務員をやっていたのが奇跡だと思います。お陰様で一戸建てを建てることができました。

そして人類始まって以来の大きな変革期な現在は、この「常識がない」が一番の褒め言葉となります。

常識通りに生きている人は、自ら変革の中に飛び込んでいくという非常識なことはしません。なにせ、誰にも上手く説明ができない、根拠のない自信だけで動いていますから(笑)

私のモットーは、人生、死ぬ以外はすべてかすり傷です!

 
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30秒で終わるメールはすぐ返す。5分で終わる仕事は、片っ端から片づける。

 
30秒で終わるメールはすぐ返す。5分で終わる仕事は、片っ端から片づける。

これは、堀江貴文『本音で生きる』p115 に書いてある言葉です。

やらなければならないことが多すぎて、何から手をつけたらよいかわらかない人へのアドバイスとして、仕事に優先順位をつけずに片っ端から仕事をこなしていけということです。

以前にこの本を読んだときも「そうだ!」と思い、すぐに目の前の仕事を片づけ始めました。<と言いつつも三日坊主でしたが…

そして、今回も同じこの115ページ目で目が吸い付けられ、同じようにすぐ目の前の仕事を片づけています。

私も実はかなりいい加減な人ですから、これはと思ったことをすぐに行動に移しますけど、その代わり飽きるのも人一倍に早いのです。

で、飽きてしまったら、また同じ本を読み返して刺激を受け、「そうだ!」と同じことを繰り返します。

誰もが同じ24時間という持ち時間ですが、その中で大きな差が開くかどうかの違いは、「やる」か「やらない」かという差です。

自分の人生を主体的に生きるためにも、「やる」という選択をしてどんどん差を広げたいですね。

ちなみにこの本、自宅の本棚にあるのに、図書館で「これだ!」と思って借りてきたのは内緒(苦笑)

 
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状況が変わらないときは、効果があると思うことを何でもやってみる

 
悪い状況が変わらないときは、効果があると思うことを何でもやってみるべき。何も行動を起こさずに様子見してるのはダメ!

なんじゃそれと思うかもしれないけど、玄関に乱れた靴をキレイに揃えたり、部屋の掃除をするだけでも何かが変わります。自分の視点が変われば、見えてくる世界が変わってきます。

外に向けて何か行動をすれば、自分を取りまく周囲の環境が変わってきます。ほんとに微妙なんだけど、その変化は自分にプラスになるはず。

そういう意味では、こうしてブログを書いているのも効果的な行動の一つですね。他人から見たら何も変わっていないかもしれないけど、自分のマインドは確実に変化しています。

テレビで見たニュースをそのまま鵜呑みにするんじゃなく、図書館でそれに関する本を借りてきて読んだり、過去にあった類似するニュースを調べてみたり、ちょっとした視点を変えてみるだけでそのニュースの持つ意味が大きく変わってきます。

状況が変わらないときに何もしないのは、自分の心の中に「ホントは何も変わってほしくない」という変化を嫌う気持ちが芽生えているからです。自分の気持ちが変化を受け付けなければ、実際の悪い状況はどうやっても変わることはありません。

たとえば、登校拒否をする子供は学校でいじめられたとか何かの要因があると考えるのが一般的です。でも実は、ただ単に学校に行きたくないからそういう理由を後付で作っているだけのことなんです。

そんな風に何も変わって欲しくないという気持ちがあると、どんなに状況が悪化しても見て見ないフリをし始めます。

だからこそ、とにかく少しでも効果があると思うことは何でも良いからやらないとダメなんです。自分自身の中に変化を受け入れる心を作ることが一番重要なことです。

状況が変わらないときは、効果があると思うことを何でもやってみて悪あがきをする。これに尽きます。

 
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迷ったらチャレンジしてみる

このブログタイトル「チャレンジ派人生」とあるように、私は二者択一や困難な選択するようなことがあったときは、迷わず自分にとってチャレンジする方を選びます。

過去にすでにやったことがあるなら、別にもうやる必要はないですよね。どうせやるなら、なんらかのプラスアルファがないと面白くないでしょ。チャレンジするとは、面白そうなことをするという意味です。

でもその代わり「これはやらない」ということも決めています。つまり、自分にとって面白くないことをわざわざやる必要はありません。<でも、すぐに気が変わってやりたくなったりもしますがw

逆にチャレンジしない人は、「できない理由」を即座に考え出します。特に理由がないときは、「今は忙しいから、落ち着いたらやってみる」とか… 私からすると、それはそれでライバルが減るから助かることなんですけど。。。

さらに迷ったらチャレンジしてみることを習慣にしていると、どんな無茶ぶりが来てもそれほど慌てません。

それほど失敗する要因のない小さなチャレンジを積み重ねると、たくさん成功体験がストックできるので、ちょっとやそっとの失敗をしても「次はもっと上手くやろう」と考えるようになります。

気持ちが落ち込むことが少なければ、それだけストレスが減って日々の生活が楽しくなります。あと、他人にも優しくなれるので一石二鳥。

「迷ったらチャレンジしてみる」というのは、実はリスクに対して強いメンタルを鍛えてくれます。漠然と老後を心配するよりも、どんなことになっても強く前進できるメンタルがあった方が、いつまでも元気でいられることでしょう。

さらに言えば、「今はお金がないからチャレンジできない」という言い訳も残念なこと。じゃぁ「どうすればできるのかを考える」とか、「今の懐事情ならここまではできる」とか、自分にとって面白くなることを行動してみた方がより楽しくなります。

他人から見たら「なんて馬鹿げたことを…」と思うかもしれませんが、私はそれを楽しんでやっているんですね。しかもチャレンジすることで、さらに達成感まで味わっています。チャレンジは一度ハマると止められませんわww
 
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人がやらないことをやれば、誰でも第一人者になれる!

24時間営業の便利屋、第一人者!

 
便利屋というと、普通に24時間いつでも電話1本で駆けつけてくれると思いますよね。

でも、日本でもっとも多くの人口を抱えるこの首都圏で、他に24時間営業をしている便利屋は聞いたことがありません。

今まで依頼されたお客様の誰もが、深夜(2時とか3時とか)に電話が繋がったのは当社だけだと言います。サイト上では24時間受付というのはありますけど、駆けつける便利屋はいないみたいです。

つまり、私は24時間営業便利屋の第一人者! なんですよ。ひょっとしたら、日本で唯一の人かもしれない(笑) <同業者さん、求む情報

多くの人は奇抜なアイデアを考えますが、それをホントに実行して仕事にしてしまう人は滅多にいません。もしいたとしても、100人に1人いるかどうかでしょう。

自分でもバカだと自覚している私が断言します。普通の神経だったら、たった1人の個人事業で24時間営業なんて考えませんよね。しかも誰もが躊躇する現場に普通に入り込める変態です。

便利屋を始める前は1年ちょっとの間、深夜トラックに乗っていましたので、真夜中に駆けつけるのはまったくハードルを感じませんでした。24時間以上の連続仕事も何度も経験していたので、まぁ別にいいかという感じです。

他人から見てバカじゃないのと思うようなことは、実はものすごいチャンスがある世界なんです。実際、深夜に便利屋で駆けつけるノウハウはものすごく持っています。たぶん、私しか本に書けないような話も山のようにあります。<実際には口外せずに墓場まで持って行く話ばかりですけどね…

と言うわけで、あなたも人がやらないことをやれば、第一人者になれる!のです。必要な資質は、バカで変態なことw

 
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先祖が武士だった人は10人に1人もいない

 
多くの日本人が伝統的な家族制度や武士道が日本古来のものだと勘違いしています。それらは江戸時代に7%しかいなかった武士階級(女・子供も含む)の伝統であり、150年前に始まった明治時代に国策として国民に強制された制度です。

つまり、先祖が武士だったと言う人は、理屈上では10人に1人もいません。なのに、武士道や夫婦や家族のあり方は、当たり前に日本古来の姿だと思い込んでいますよね。

そういう私の先祖は、ごく普通の百姓でした。それも土地を継げない次男以下です。

父方の曾じいさんは、明治時代に美作(岡山県北部)から播磨(兵庫県西部)の相生へ出て来て蒲鉾屋を始めました。

母方のじいさんは、昭和初期に周防(山口県東部)の山奥から安芸(広島県西部)の宮島口へ出て来て機械工をしていました。

まぁどちらも土地を継げない山間部の百姓の次男以下が、食い詰めて国元を飛び出た感じです。

そして私は、自衛隊に拾われて30年を過ごし、さらに紆余曲折の末に独立してなんかと生き延びている輩です。

今でこそサラリーマン(勤め人)が当たり前の時代ですが、実は多くの日本人はいろんな仕事を転々をしながら生き延びてきた人ばかりです。

日本の伝統という創られた常識に捕らわれることなく、とにかくチャンスを掴んで必死で這い上がるというのが今も昔も変わらない人生の成功パターンなんですね。

現実に家柄とか学歴とか、そんなことを誇れるのは10人に1人もいないのです。とにかく泥に這いつくばってでも生き抜くのが、多くの人にとって当たり前の生き方なんだと思います。

 
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