パソコンの耐用年数が延びてる気がします

5年目のMacBookAirがまだまだ現役

 
もう5年も新品パソコンを買っていません。以前は3年くらいが限界でしたが…

5年前に購入したMacBookAirは、使っていて未だ不満を感じたことがありません。しかも、毎日フルに使いまくっています。

2台ある仕事用Windowsマシンは、中古で買ってきたものを使っています。これもかなり高速に動いています。

それもこれもすべて、ハードディスクをSSD(メモリ型のハードディスク)に交換しているからです。メモリはどれも8GB。もうまったくストレスを感じることはありません。

以前は、なんとか誤魔化しながら使って3年が限界でした。これ以上過ぎると、処理が遅くてほとんど使い物にならない感じでした。ちなみに、パソコンはかなりハードに使っています。基本的に24時間電源を落とすことすらありません。

そして、どのパソコンにも個人データを入れずに、クラウド型データベースのEvernoteなどへデータをすべて入れています。だからこそパソコンがストレスなく使えるのかもしれませんね。SSDがデータで圧迫されることも皆無ですから。

以前だったらパソコン(ハード)が古くなって使い勝手が悪くなっていましたが、最近はその前にソフト(OS)がアップグレードして使い勝手が向上してるという理由もあります。

もうそろそろ新しいパソコンに買い換えたいんだけどと思う方は、ハードディスクをSSDへ、メモリを8GBへ増やし、データをクラウドへ移すだけで、劇的に早くなると思います。<全部で2万円くらい?

この先、うちのパソコンはまだ5年くらいは使えそうかなと…

ちなみに、うちの軽トラックは23年前の平成6年製。こちらもまだまだ現役です(笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

年賀状は出しません

年賀状の必要性を感じない時代

 
もう数年前から、年賀状は出していません。<カミングアウトです

自衛隊を辞めてからは、なおさら年賀状を出す必要性を感じなくなりました。<自衛隊は同期の付き合いが多いですから

今や、ほとんどの友人や知人とは、Facebook、Twitter、LINEで繋がっている時代です。

さらに、人生が数ヶ月単位で劇的に動いている私のような生き方だと、1年に1回というスパンがとても長すぎます。だいたい3ヶ月も過ぎれば、以前での1年前という感覚ですね。

私とまったく会う機会がなくても、多くの方がブログやFacebookで私の動向を見知っているはず。特に興味がなくても、なんかよく見かけるなぁって感じでしょう。

年賀状は日本郵便のかきいれ商品ですが、残念ながら今はまだ売上に協力するほどの余裕がないのが現状です。そのうちに、お付き合いで年賀状をドカッと買うかもしれませんが… <でもたぶん、買うだけで年賀状は出さないかも

そういえば、個人的な住所録というのもまったく整理していません。年賀状を出さないから、住所録を整理する機会もないわけです。

スマホに登録されているアドレス帳、LINEやFacebookのお友達が、交友関係の8割以上を占めています。

実際のところ、同じように年賀状を出さない人は多いと感じています。これもご時世でしょうね。

正直な感覚では、年賀状はもうオワコン(終わったコンテンツ)です (_ _)

 
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20代の頃、こんな50代を想像していました

30年後の自分をイメージ

 
今から30年前、21歳で結婚した私は、30年後をこんな風にイメージしていました。

「子育てを終えて生活に余裕があり、ツイードのジャケットを着てジャガー(イギリスの高級車)を乗り回している。」

もろバブル時期の発想ですよね(苦笑) この頃は、世の中がずっと右肩上がりだと信じ切っていました。

現実の30年後は、、、 安定した公務員を自分で辞め、立候補した選挙に落選し、退職金を使い果たして無一文になり、それでもまだ小さな子供がいて、住宅ローンも抱えて、大学の進学ローンも抱えて、自転車操業の事業にあくせくする毎日…

ツイードのジャケットは、北海道仕様のジャンパー。高級車ジャガーは、20年以上前の中古軽トラックへ変更です。

人生はどう転ぶかわからないということを、自ら実践しているような人生。でも、思いっきり自分の人生を楽しんでいます。

最近の若い人は、遠い未来の老後を心配をしている人がいるそうですね。当時、私がイメージした30年後の人生はハッピーそのものな将来でした。これもご時世です。

正直、そんな長い先の人生なんて、考えても無駄です。現実は、5年先どころか1年後でさえどうなっているのかが解らない時代。あえて言うなら、10年先くらいをターゲットにして人生計画を立てると良い感じです。

それより、今この瞬間を後悔しない生き方、行動をすることが大切です。そして、近い将来の自分を盛り上げるために、人材セミナーや勉強会など大人としての勉強に取り組み、10年後のイメージを実現させるのが現実的ですね。

今の私は、お金のある優雅な生活よりも、自分の自由な時間を持てる生活を優先させています。
 
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「私には無理…」という呪縛を解くには

思い込みに支配されない

 
「私には無理…」「私には向いていない…」。行動を起こす前から呪縛に捕らわれる方のなんと多いことか。

「たしかに素晴らしいのでしょうが、それで何ができるのですか?」。インターネットが出始めの頃は、誰もが自分には関係のないことだと決めつけて傍観していました。

私は面白そうなことにすぐに飛びつくファーストペンギンな性分ですから、なんでこんなに面白いことを他人はやらないのだろうか? と思っていました(苦笑)

どちらかと言うと、私は根拠のない自信に満ちあふれた人です。いや根拠よりも、どうやれば自分にもできるか考えるという感じですね。

この「私には無理…」と考える思考から、「どうやれば自分にもできるだろうか」と考える思考へチェンジするだけで、自分を取り巻く世界は何倍にも拡がっていきます。

そのためには、日々、小さな成功体験を積み上げていくのが一番の近道です。小さな成功とは、明日朝は5分だけ早く起きようとか、明日の出社時は守衛さんより先に「おはようございます」と言おうとか、そういう日々の生活で小さなトライをし、それを成し遂げる成功体験です。

自分には無理だと思い込んでいたことが出来るようになるためには、それを成し遂げるノウハウよりも、いかにゴールをイメージできるかが大切。ゴールとは成功をした自分の姿ですね。

いつもより5分早く起きることで、家を出るときに感じる余裕。守衛さんへ先に挨拶したとき、いつもより笑顔で返答してくれる守衛さんの顔。そうしたトライによって変わるだろう未来の姿をイメージすることが、小さな成功体験の原動力になります。

「私には無理」と思っていたことにトライした結果、周囲の人からは「それができる人」という風に見られるようになります。

何かに小さなトライをすることで、それをトライする前には想像すらしていなかった新しい未来の姿が現れます。呪縛を解くには、近い将来に起こるだろう小さな成功をイメージすることから始めてみると良いのです。

 
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気合いや根性論を捨て去ろう!頑張る人は報われない

頑張る人はいつまでも報われない

 
頑張る人とは、最悪のシナリオに一直線に向かって走る人。何事にも頑張る人は、なかなか結果が出せません。

「こいつ何言ってんだ?」と思わないでくださいね。頑張るという価値観でなんとかなる時代は、実はもうすでに終わりました。

今の時代は、最短の方法で結果を出すことが求められます。今やっている事が、ちゃんと結果に結びつくような行動しなければなりません。

昔の「頑張る」というのは、とにかく結果が出せなくても一生懸命に汗をかいている姿を見せることが大切でした。つまり、人よりずるをしていないという姿を見せる必要があったわけです。

そもそも頑張っている人は、自分を客観視できていないからその頑張りにはまってしましがちです。自分がどれだけ頑張っているかという心が潜在的にあるから、なおさら頑張ってしまいます。

そうではなく、今、目の前にある仕事や課題に淡々と取り組むことが大切です。とにかく、何かの結果を出すことを最優先します。

逆に言うと、求める結果さえ出せれば、あとは遊んでいてもかまいません。むしろ、同じ結果を出すのに費やす時間が短ければ短いほど、時間当たりの時給が上がります。

そうやって時間の余裕ができれば、その時間を本を読んだり、人に会ったりして、自分のスキルを向上させるために使った方が良いのです。

世間で自由人というと、好き勝手に動いている人みたいな印象があります。でもホントの自由人とは、最短の方法で結果を出して、余った時間を有効活用している人のことを言います。

私は自称「自由人」ということで、人の目を気にせずに結果を出すことだけにフォーカスした生き方を目指しています。あとは、読書に浸れる人生を費やしたいなと…

 
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生活の中でもっとも大切なものは「トイレ」である

まずはトイレを考えるべし

 
私が子供の頃(昭和40〜50年代)は、町中のそこら中で立ち小便をする大人がたくさんいました。

いま考えるとトンでも風景ですが、現実的には町中に便所(昔は便所と言うのが一般的)の数が少なかったのです。今は公園とかコンビニとかスーパーとか、どこでもトイレがありますよね。

私事ながら… 小学1〜3年まで通っていた田舎の小学校では、通学に1時間ほどかかり、毎日必ず養鶏場のそばの野原で野糞をするのが日課でした(苦笑) <ランドセルには、かならず落とし紙が入ってたし

当時の便所はくみ取り式で、正直、家のトイレが怖かったのです。だから、夜中に怖くてトイレに行けず、寝小便もなかなか治らなかったです… 現代はホントに住みよい時代になりましたね。なんと言っても、トイレがキレイだし、どこへ行ってもトイレに困りません。もう地上の天国です!

地域で防災訓練があると、心臓マッサージとかAEDとか、地震体験とか、まぁそういうのが一般的なパターンですよね。あとは公園などでマンホールトイレを作ったりとか。

実際の災害になったとき、もっとも考えなければならないの「トイレ問題」です。どんなに整備されたトイレがあっても、トイレは汚れるし、行列に並ぶと安心してトイレに入れないし、夜中など女性はマジで危ないです。

真剣に防災を考えるなら、まずトイレをどうするかということを体験した方が良いと思うのです。たった1個の屋外簡易トイレを行列を作って利用する訓練とか、そのトイレを順番に掃除する訓練とか、ホントに笑い話ではなく真剣な話です。

学校の洋式便器に高分子吸収体を入れた簡易トイレ箱を設置して使ってみたり、段ボールで簡易トイレを作ってみるのも良いかも。子供や高齢者に実際に使ってもらい、どれだけ大変かを自分の問題として考えてもらうのがベストです。

トイレットペーパーをできる限り少なく使う練習も必要です。穴を掘って野糞をするときは、トイレットペーパーを捨てたらダメなんです。紙はなかなか土に戻らないですから、その場でライターやマッチを使って燃やします。

人間が生活する上でもっとも大切なのは、食べることでも、寝ることでもなく、トイレです!

 
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クラシック音楽の基本は、とにかく音階、音階、音階…

 
ジャズのアドリブでは、いかに自分のフレーズをたくさん持っているかが大事だと聞きました。

アドリブを乱暴に説明してみると、いかに無意識のうちに、ある程度決められたコードの進行の中で、(考えなくても指が勝手に動く)自分のフレーズを組み上げるかという技になってきます。

基本的にアドリブの要素がないクラシック音楽では、とにかく音階、音階、音階… すべては音階が基本になります。

私の感覚からすれば、全調の音階(スケール)がいつでもどこでもサラッと演奏できるのは当たり前のこと。さらに分散和音(アルペジオ)も、その調でのコード進行(Ⅰ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰ)ができるのが、さらに当然のこと。<ピアノで言うところの、ハノンを毎日やるのと同じです。

なぜこれほどに音階ができなければダメなのかというと、西洋音楽はすべて音階を基にして作られているからです。

すべては一定のテンポという拍動の中で、規則正しく音階の組み合わせが進行します。ちなみに、モーツァルトはまさに音階を音楽的に組み立てる天才でした。

すべての調の音階がサラッとなめらかに演奏することができれば、どんな曲でもある程度まで初見で演奏することができます。あとは、いかに正確に楽譜を読むことができるという問題だけですね。

私が高校生の時、コントラバスのレッスンで全調の音階エチュードを丸々3回、師匠の厳しいレッスンを2年もかけて鍛えられました。それでなんとか、演奏家になるためのスタートラインに立てた感じです。

もしも、将来は音楽家になりたいと考えている中高生吹奏楽部員さんがいたら、迷わずに今すぐに吹奏楽部を退部して、毎日死ぬほど音階練習をしてください(笑) <これ、かなりマジな話!

クラシック音楽の演奏家がとんでもなく凄いことを普通にできるのは、そうした膨大な時間を費やして訓練をしてきたからです。ほんとに手間と時間のかかる贅沢な音楽ですよね。

 
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丁寧な言葉を使ったほうが良い理由

あなたの話す言葉は相手に通じていますか?

 
小学生や中学生だったら、まぁ大目に見ることもできるのですが、さすがに大人では残念なことです…

丁寧な言葉とは、標準語(方言)とか敬語とか、そういうものではありません。あくまで相手に伝わる言葉という意味です。と言うのは、私が電話で便利屋の依頼を受けるとき、ホントに理解ができない言葉を使う方が時々いるのです。

多くの場合、私が一つ一つ、これはこういうことですか?と聞き直しているうちに、「もういい!」と言って電話を切ってしまいます。

私は真夜中に知らない場所へ駆けつけるわけですから、あやふやな情報で出動するわけにはいきません。まして、深夜の住宅地に車で入り込むわけですから、いたしかたないのです。

これは気の合う友達同士でも言える事ですが、丁寧な言葉で会話をしていれば、お互いにコミュニケーション不足のトラブルになることなく過ごすことができます。特に金銭や物の貸し借りでは、よほど注意して丁寧な言葉で確認するのがベストです。

仲間同士で何かの決め事やイベントなどのミーティングをしている時でも、丁寧な言葉を使わないと内容の深堀ができません。お互い同士に共通のボキャブラリーが少なくなるからです。

では、どうすれば相手に丁寧な言葉を使ってもらえるのか? 一番簡単な方法は、自分が丁寧な言葉で話すことです。それでダメなら、この人とは会話が成立しにくいと用心して会話したほうがベターでしょうね。

先日、ある方から失礼を詫びる言葉をかけられたとき、「大丈夫ですよ、気にしないでください」と言ってしまいました。後になって… あぁ「お気になさらないでくださいね」と優しく言えば良かったと後悔した次第です。

普段から相手を思いやるような丁寧な言葉使いに気をつけないといけないなと、反省しました。言葉は奥が深いです。

 
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