NOと言える人生を歩みたい!

NOを言わなくても済む人生

 
働く人の多くが抱えるストレス。その大きな原因の1つは、NOと言えないこと。そりゃサラリーマンは言えませんよね(苦笑)

例えパートやアルバイトであっても、他の人に気をつかってNOと言えないことは多々あるでしょう。

専業主婦であっても、定年後の人であっても、いろんな近所や地域の繋がりの中でNOと言えないことが多々あります。

今、基本的に私は「NOと言える人生」を過ごしています。自分でいうのも何ですが、人間関係のストレスはほとんどありません。

それは簡単なことで、自分のマインドを変えてしまえば良いだけのことなんです。<これができるくらいだから、やはり自由人なのかもしれませんね。

つまり、人からお願いされたことは断らないというマインドになれば良いんです。もちろん、物理的・時間的に出来ないことは速攻でNOと言いますよ(笑)

逆に、人からお願いされるというのは、自分で気がついていない「宮崎さんならできるだろう」というジャンルを見つけてもらっていることなんですね。

人の可能性というのは、その人が置かれた環境や場によって無限に拡がっていきます。新たなコミュニティーに入ってしまうと、今までの自分のキャラとは違うことを平気で出来たりしますよね。

そういうことを日常的に受け入れるマインドになっていれば、人間関係のストレスで悩むことも激減していきます。それは、人間関係そのものが、とても流動性のあるものだと気がつくからです。

多くの人が、自分の思い込みで自分の可能性を閉ざしています。思い切って「NO」という人生、いや「NO」を言わなくても済む人生を歩くと、ほんとに楽チンに生きることができますよ。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

猫のように人生を楽に生きるのススメ

 
人生を楽に生きようとした時、一番のストレス(障害)となるのは「人間関係」です。

「お金」とか「時間」とか、もちろん大切なことの1つですが、それは自分でコントロールすることが可能です。

自分でコントロールできない最大の障害は「他人」。その他人という存在が、自分のお金や時間に干渉してきた時に、人間関係というストレスが起きます。

そのストレスを和らげる一番簡単な方法は、自分の視点をずらすことで他人との接点の角度をずらすこと。つまり、相手と正対して向き合うのではなく、自分の視点を横にずらして相手との角度を横にずらしてしまうわけです。

簡単に言えば、「まっ、どうでもエエわ」と目の前のトラブルを外野席へ追いやります。まるで、猫が大きなあくびをするような感じで… 猫は人間と正対して向き合い緊張感が高まると、さっと諦めて大きなあくびをします。つまり、自分の視線から外します。

人間も猫に習って、自分から一歩身を引いて緊張感をそらしてしまえばいいんです。簡単でしょ!

どんなに他人によく思われたいと考えたとしても、相手はあなたを良く思いたいとは考えていません。

どうにも叶わない(自分でコントロールできない)夢を追い求めても、それで達成感とか充実感が得られることはないんです。他人のためにどんなに頑張っても、自分が求めるレベルで頑張りが報われることはありません。

「他人と同じようにしていれば安心」というのはウソです。他人と同じようにしようとすればするほど、その差違が気になってストレスを生みます。

他人の辛辣な意見は、猫が好き勝手に振る舞っているだけだと思えば、なんてないこと。他人はみんな猫です(笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

まず成功者をパクればええやんか

とにかく真似をすべし

 
自分でオリジナルな何かを作るなんて発想は捨てた方が良いです。まずはパクリですよ、パクり!

私が楽器(コントラバス)でプロになれたのも、師匠の弾き方、師匠のマインド、師匠の立ち振る舞いをすべてパクったからです。とは言え、師匠の弾き方にそっくりだと認知してもらえるようになるまで、丸3年ほど費やしました。

何かのジャンルをマスターしたいなら、その分野の成功者を丸ごとパクります。実感では、2年くらいパクればかなりマスターできると思います。

技術的なことももちろん、どういう思考で取り組んでいるのかというマインド、普段の癖や立ち振る舞いなど、とにかく真似できるものはなんでも真似しちゃいましょう。

特に大事なのは、マインドや立ち振る舞いです。どんなに技術をマスターしても、10人が真似すれば、なぜか10通りの異なる結果になります。

そうした中でも、できる限り師匠の雰囲気に近づけるようになるためには、どういう思考方法で、どういうアプローチで、どういう基準値(根性)で、どういう言動でなど、可能な限り同じ結果に近づける努力が必要です。

今でこそ普通に便利屋業をやっていますが、開業した当初はある方の真似をしていました。いろんな失敗もしましたが、真似をすることで結果の修正も楽にできるようになります。

人によっては、他人の真似をするのは相手に失礼と思う方もいるでしょうね。もしもそういう考えがあるなら、あなたは成功しません。私は断言します。

成功(食えるようになる)するためには、なりふり構わず行動するしかないんです。どんなに恥ずかしいことも、どんなに情けないことも、どんなに惨めなことも、師匠の真似をしているという精神的な支えがあるからこそ、持続して続けることができます。

これだけ頑張ったのに結果が出ないと嘆く前に、成功した人のやり方を丸ごとパクった方が気も楽だし、途中でいろんな修正も簡単にできます。これメッチャおすすめです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

自分が本気で怒れるものは何か!?

怒りは自分の個人的なもの

 
普段は本気で腹を立てるようなことはまずないのですが、唯一、1つだけすぐに瞬間湯沸かし器になってしまうことがあります。

それは、本気で音楽を作ろうとしない音楽家を目の前で見てしまった時に、どうしようもない怒りが沸き起こってしまうこと。つまり、なんだかんだと理由を作って、本気で音楽を作ることを諦めている音楽屋の存在に怒りを覚えてしまいます。

本気で腹を立てたときは、できる限り表情には出しません。なぜなら、その怒りの原因が私の個人的な理由にあるからです。

たぶん、相手にはそれ相応の理由があるはず。相手を非難はしませんが、私は一人自分の胸の中に沸き起こる怒りをため込んでしまい、悶々としています。

そうした怒りが沸き起こるが故に、どうすれば自分が後悔しない音楽をできるのかと、いつも模索しています。

人の怒りとは、脳内に分泌されるホルモンによって引き起こされます。たしか、その効果は9秒程度しか持続しなかったと記憶しています。

つまり、怒っている気持ちが続くというのは、自分自身がその怒りから誘発された別のことで悶々としてしまうからなのだと思います。私の場合は、自分自身が思うように音楽が出来なかったときの後悔の記憶で悶々としてしまいます。

本気で音楽を作ろうとしない音楽家を見た瞬間、自分のなかの恥ずべき後悔がフラッシュバックされるのでしょうね。そういう意味で、自分にとって音楽とは自分自身の生き方なのだと思います。

常にそういう音楽に対する思いが根底にあるものだから、地域のことでも、政治でも、自分を取り巻く環境の中で最善を尽くせないことに後悔したくないという強い思いがあります。

今この瞬間、あえて場の空気を読むことを捨てて、自分にしかできないことをやる(言う)という性格が出来上がってしまいました。音楽やってる人って、こういう面倒な人がたまにいるんですよ(苦笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

目標を持ったとき、まず最初にやること

 
よし! 健康のために軽くジョギングを始めよう! と決意したとき、まず最初に何をすべきでしょうか?

(1) 周囲の人にジョギングを始めることを宣言する
(2) スポーツ用品ショップに、ジョギング用のシューズを買いに行く
(3) とりあえず、自宅の周囲や公園で軽くジョギングしてみる

私のオススメは(3)。とりあえず最初の1歩目を出してみることが、何よりも大切なこと。あれこれと計画を立てたり準備をしたりする前に、とにかく最初の1歩目をいかに踏み出すかがポイントになります。

最初の1歩目を出してみれば、シューズを買うときに店員の言いなりに購入するようなことはありません。あくまで、自分の肌感覚でシューズを選ぶことができます。

周囲の人に決意を宣言するのではなく、「近くの公園をジョギングしてみたんだけど…」と具体的な話を出すことで、「あっちの公園には専用のジョギングコースがあるよ」など別の情報を得ることができます。

どんなことであっても、まずは自分で体験してみることで肌感覚を持つことができます。百聞は一見にしかずと言いますが、さらに百見は一体験にしかずなのです。

先日、「知っているのと、出来るのは違う」というブログ記事を書きました。私はまず最初の1歩をやってみて、それから情報を集めるくらいでちょうど良いと考えています。

どんなジャンルであれ、自分が当事者意識を持っていないと技術やマインドが向上することはありません。誰かに依存した途端、もう外野席モードになってしまいます。

話は飛躍しますが… 私が何の根拠もなくいつでもお金を稼げると考えているのは、以前に半年間で1,000万円以上のお金を使い切った経験があるからです。この肌感覚はとても重要です。

もしもプロ音楽家のような演奏をしてみたいと思うなら、実際にコンサートに出かけてプロの演奏を聴き、そして自分で楽器を演奏してみてそのギャップを肌身感覚で知ることが最初の1歩目です。

世の中の大半の人は、実際に何も行動を起こさずに自分でそれが出来ない理由を言います。だからこそ、ほんのちょっとだけ行動するだけで、他の人から抜きん出ることができるわけです。そういう意味で、日本はホントに緩い国です(笑)

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

みんながバラバラな意見を持っている方が組織は強くなる

同じ考え同士だと強くなれない

 
100人ものメンバーが火花を散らすオーケストラ。実はメンバー同士がまったく異なる意見を持っている方が、素晴らしい演奏が作れます。

逆に、一人のカリスマ的な指導者に率いられた、同じ考えのプレーヤー同士のオーケストラは、最初は面白く見えますが、すぐに深みの無さが露見して飽きられてしまいます。

どこかの「排除」という言葉じゃありませんが、様々な考えや意見を持っている人が多く含まれているほど、組織は複雑に糸が織り込まれて強く、そして面白くなります。

もちろん、それらの強者をまとめられる強力なリーダーが必要なのですが、リーダーの言うことを聞くイエスマンだけでは、組織に自立する力が育たず、すぐにボロが出てしまいます。

世の中でもっともきわどい仕事をするオーケストラ。100人ものメンバーが0.1秒以下の神業的なタイミングをピタリと合わせながら、1時間、2時間と演奏をし続けるオーケストラ。

これほどの神業を数時間にわたって持続し、その上で人々に感動を与えるわけですから、それは並大抵の集中力ではありません。

もしこれが、同じ考えや意見を持つ集団だったら、必ず途中のどこかでメンバーが一斉に転ぶ可能性が出てきます。同じ考えというのは、単一の思考しかできないということ。

そうではなく、様々な異なる意見を持ったメンバーが、一人のリーダーの元で力を結集したとき、そのメンバーが作り出す「気の複雑なうねり」が生じて、信じられないようなパワーと集中力を生み出します。

もちろん、リーダーのまとめる力が不足していれば、いとも簡単に空中分解してしまいますけどね…(苦笑)

これはオーケストラだけでなく、企業や政党なども同じだと思います。やはり、「排除」はダメですよ。

 
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将来が読めない時代だからこそ、子ども達へ教えること

子ども達に何を教えるべきか

 
子ども達の将来は、AIの進歩によって今ある多くの仕事がなくなると予測されています。今の時点で解っていることは、「将来はどうなるか解らない」ということ。つまり、人生の局面で自分で決断する必要があるということです。

そうなると、子ども達に教えるべきことは「自分で物事を考えて決める」という力です。親があれこれとセッティングすることは、実はほとんど役に立たないか、逆にブレーキになる可能性も大です。

では、どうやって子ども達に「自分で物事を考えて決める」ということを教えればよいのか?

それは、大人が自分で人生の方向を決めて生きればいいだけのこと。つまり、成功も失敗も含めて、生き残るためのローモデルを示すわけです。

ただなんとなくサラリーマンをやるのではなく、自分がどのように働くかというビジョンを持ち、その選択肢の中から今の働き方を選んだという答えを示すわけです。

自営業の人が、将来はもうこの仕事は厳しいだろうから… と考えるのではなく、今の仕事を将来に合わせてどう別のカタチにシフトしていくのか模索(考え行動)する姿を子どもに見せるのです。

学校では、物事を判断するときに、まるでジグソーパズルを組み立てるような論理的思考を訓練するとか、いかに人と違うアイデアを考え実際に行動してみるとか、そういう生き残るための考え方を身につけさせて欲しいと思います。

大人は単純に、子ども達に挨拶やコミュニケーション力を身につけさせたいと思いがちですが、実は今の子どもは大人よりもはるかにコミュニケーション力を持っています。大人は自分たちが若い頃にいかに他人の意見を聞かない生き方をしていたかを忘れてますね(苦笑)

子ども達の将来を考えるなら、まず自分が新しい時代を模索し、リスクに立ち向かう姿をローモデルとして見せるべきでしょう。もちろん、失敗することも子ども達に良いお手本となります。

新しい時代を子ども達に託すなんてのは、それこそ無責任際わりない大人の姿ですよ。自分でやるべきでしょ。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノy

知っているのと、出来るのは違う

知ってるだけの情報がいかに役に立たないか

 
先日、とても興味深い講演を聴いてきました。内容は「防災教育」についてです。

その中で講師の方がおっしゃっていたのが、「知っているのと、出来るのはまったく違う」ということ。

例えば、私たちは誰でも「じゃんけん」のルールを知っています。たいてい、小さな子どもから大きな?高齢者まで知っているはず。

では、「じゃんけんを後出しで、10回勝ち続ける」というのはどうでしょうか。回数が増えると面倒ですが、後出しですから簡単に勝ち続けられます。

次に、「じゃんけんを後出しで、10回負け続ける」となると… 1回目2回目は出来ても、連続して負けるのは大変。後出しで答えが解っているのにですよ。

さらに、「じゃんけんを後出しで、最初の5回は勝ち続けて、あとの5回は負け続ける」となると、もうお手上げです。これかなりハード。

じゃんけんのルールは世界でもっとも簡単なルールでしょう。なのに、設定が1つ変わっただけで、突然に難しくなります。

私たちが災害に直面するとは、実はこういうことなのです。地震、津波、水害、竜巻、土砂崩れ、火事、停電、事故、、、すべては平常時のルールがガラッと変わってしまう世界です。

受験の試験会場、本番ステージで音楽演奏、大勢の前で司会、人前で発表、PTA役員決めのくじ引き、、、こうした心臓がバクバクするときも、平常時のルール設定が変わってきます。

だからこそ、自衛官や消防士は毎日のように猛訓練を繰り返しています。知っているから出来るのではなく、無意識のレベルで出来ることが、本当の出来ることなんですね。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ