勉強よりも大切な即断即決力

どんなノウハウも最後は決断力が勝負

 
学生時代にどんなに勉強が出来ようと、どんなに有利な学歴や資格も持っていようと、どんなに自己研鑽しようと、最後の最後で必要なのは即断即決力です。

与えられた知識や情報の多い少ないと、即断即決できるかどうかに関係はありません。意外かも知れませんが、情報が多ければ多いほど逆に即決はできなくなります。

例えば、いろんな種類があるコンビニのパン、何種類もあるジュースの自動販売機、種類が豊富なカップラーメン、どれも即断即決で決められる人は少数派です。

なぜなら、情報や知識が多くなるほど、決断するのではなく「選択」をするからです。選択はただの条件反射です。

日頃から選択することに慣れてしまうと、死ぬか生きるかの重要な二者択一でさえ自分で選ぶことができなくなります。つまり、多数の選択に従ってしまうわけです。

成功哲学のロングセラー『巨富を築く13の条件』を著したナポレオン・ヒルは、世界の鉄鋼王アンドリュー・カーネギーから後の成功に繋がる仕事を依頼されたとき、まったくの悪条件ながら29秒でYESの決断をしました。その時、カーネギーの返答タイムリミットは60秒だったそうです。

こうした人生を左右する決断をするとき、それが可能かどうかという根拠や情報はほとんど無いに等しいのです。そもそも、選択できるだけの情報はほとんどありません。

私自身も、それまでの自衛隊生活からいきなり県議会議員選挙に立候補するかどうかを決断したとき、ほとんど即断即決しました。その時に考えたのは、可能か不可能かではなく、自ら「やる」か「やらない」かという決断だけでした。

もしも知識や資格でお金を稼げるのなら、大学教授や資格を指導する人々はみんな高収入を得ることができるはず。しかし現実は、どんなに勉強をしてもそれが高収入に直結するという保証はなにもありません。

勉強ができることは単なる特技です。その特技を活かすためには、チャンスが訪れたときにすぐに即断即決ができる力が必要です。そして想像を絶するような大災害や事件に遭遇した時も、即断即決で安全な場所に逃げることが最も重要な能力なのです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

人はそれぞれ聞こえている音楽が違う

感覚で聴くか、形式の中での解釈を味わうか

 
今夜は地元の公民館にて、ベンルリン・フィルのメンバーによるピアノ・トリオのコンサートを聴いてきました。

普段、都内のコンサートホールで聴くコンサートと違い、地方(埼玉県)の公民館ではいろんな気づきがあります。

それは、日頃クラシック音楽に親しんでいない方々は、音楽に対する反応がまったく異なるということ。どちらかというと、音楽を感情という感覚を通して聴いています。

つまり、解りやすいメロディーや感情的な盛り上がりを感覚的に聴き、心が躍るように音楽を味わっているのだと思います。

え? と思うかもしれませんが、私は音楽を感覚で聴いていません。あくまでクラシック音楽を構成する形式の枠組みの中で、どんな風に音楽を表現しているかを聴いています。

ですから、そんな解釈表現ができるのかとか驚きの衝撃に遭遇した時に、熱狂的にブラボー!と興奮します。そうでもないときは、単純に素晴らしい音楽を聴かせてくださったことに感謝しながら聴いています。

これはもう明らかに、脳の音楽伝達神経の仕組みが違うのだと思います。まったく聞こえている音楽世界が異なるのです。

前者の方々は、楽章の間でも惜しみなく拍手をします。音楽がそういう風に聞こえているのだから拍手して当然なわけです。

後者だと、曲全体の形式という枠組みが脳内に出来上がっているので、曲間にはどうやっても拍手ができません。脳が不自然だと拒絶してしまうのです。

どちらが良いとか悪いとかという話ではありません。まったく聞こえ方が違うのだから、これはもうそういうものだと思うしかないのです。カラオケさえも感覚で楽しむことができないのですから…

 
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