40、50代で再起する人のために伝えたい復活マインド。48歳で落選したら無一文は想定外の人生だった~その 1「死ぬ以外はすべてすり傷」

今から四年前の春、正確には2015年4月第3日曜日の夜、県議会議員選挙に立候補した私は、小さな選挙事務所で自分が落選したことを知りました。

 → 選挙開票結果

開票速報が発表されるごとに落選の色合いが強くなり、それに従って事務所から人が一人二人と少なくなっていくというリアル感。

時折、友人が駆けつけてきては健闘を労ってくれましたが、私と事務局長の二人だけになった真夜中すぎにしみじみと落選したことを実感しました。

選挙の半年前に30年間勤めた陸上自衛隊を依願退職した私は、この日から正真正銘の無職です。

一千数百万あった退職金も、半分は防衛省共済組合から借りていた住宅貸付の返済となり、残りは半年間の生活費と選挙費用でほぼ底をついています。

更に残務整理をしていく中で生活費が足りなくなり、手持ちの銀行系カードローンから借りて充当する始末。

落選して無職が確定し、退職金を使い果たして無一文。さらに数千万の住宅ローンと数百万の借金を持つ身となりました。

しかも選挙に立候補するためには退職しなければならない元自衛官(公務員)ですから、もう元の仕事にも戻ることができません。

よく言われることですが、選挙に落ちたらホントにタダの人になります。それまで寝ているとき以外はスーツ姿で人々から注目してもらう姿から、一気にただの無職になります。

翌朝、というか翌昼、それまで半年間の疲れが一気に身体を襲い、全身疲労で歩くのもやっとな感じ。とりあえずは全身マッサージを受けてなんとか動けるようになりました。

落選後一週間は、それまでお世話になった方へのあいさつ回り、そして選挙の残務整理であっという間の出来事です。

どこへ行っても「また4年後に頑張りますのでよろしくお願いします」を元気一杯に繰り返します。

でもこの時は、その後の4年間がどれほど大変な日々になるかがまったく想像すらできませんでした。

残務整理がすべて終わり、馴染みのお弁当屋さんから労いの言葉をもらったとき、これですべて終わってしまったと痛感。ホントに気が抜けて涙が止まりませんでした。

人によっては心機一転リフレッシュし、その後の身のフリをじっくり考えるという人もいるでしょう。

ですが私の場合、家族を養うというとても現実的な問題に直面することになります。

まだ幼児と中学生を持つ父親。そして奥さんは体調的に働くことが困難な状況。

なんとしてでもお金を稼がないといけない。落選1週間後には、待ったなしで仕事探しが始まりました。

ルール1「死ぬ以外はすべてすり傷

  →  次回に続く…

じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ