学校のあいさつ運動で苦笑してしまう件

 
小学校でも中学校でも、はたまた高校でも、良い学校の基準は「あいさつ」とされています。

知らない学校へ行ったときに、生徒や児童が「こんにちは」を声をかけてきたら、あぁなんて素晴らしい学校なんだと感じちゃうわけです。

実際に「うちは挨拶がよくできている」という学校でアンケートを取ると、「あいさつができている」という生徒の自己評価が6割もあれば驚愕のラインです。

そもそも子どもが大人にあいさつをするというのは、ある意味でとても無理をしています。しかも、知らない人に挨拶をするというのは、強制でもされないとできるものじゃありません。

仮に、もしも子ども達が普通に街で知らない大人に「こんにちは」と挨拶するなら、それは防犯的には「知らない人に挨拶するのは止めなさい」となりますよね(苦笑)

挨拶というのは、自分と他人や地域という関係性の視点がないと、自然に口から出てくるものではありません。学校で子ども達が大人に挨拶するというのは、口悪く言えば駅前などの募金運動で「募金をお願いします」というのと同じ脳の使い方です。

つまり、生徒や児童が学校への帰属意識から、学校へ訪ねてくる他人へ「この学校は素晴らしいんですよ。」と表現している行為です。お店に入ると店員から「いらっしゃいませ、こんにちは」というのと同じですね。

挨拶ひとつで屁理屈を言うなとお叱りをうける話ですが、自然体で他人へ挨拶を交わすというレベルへ上がるには、この学校への帰属意識を外しても挨拶ができるかというマインドを育てることが必要です。つまり、大人がそういうマインドで挨拶する姿を見せ、子ども達に感化をしていかないとキビシイという話です。

学校の正門で、若い教員やPTAの保護者さんが「あいさつ運動」の旗を持ちながら挨拶をしている中に混じっている自分も、なんかこれ駅前の募金運動だよなと心の中で苦笑しています。

そもそも、「あいさつ」を運動と言っている時点で、これ昭和ですよね。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ