いじめゼロを目指さない仕組みつくりを

 
まず大前提として、人は「いじめ」をやめることはできません。それは脳科学的に説明されています。


中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』2017年,小学館新書

 
人の感情とは、脳内物質によって引き起こされる現象です。その人の性格という資質もありますが、それが行動となって現れるのは、脳内物質がなせる技です。

愛情ホルモンのオキシトシンによって、愛情を深めたり仲間意識を深めると同時に、それが行きすぎて仲間に制裁を加えるいじめに繋がります。そして、仲間意識が深まるほど理性による制御が効かなくなってきます。

安心ホルモンであるセレトニンの不足によって、集団を守るために裏切り者を探す方向へ進みます。異質な人を排除するという仲間内での正義を守ることで、脳内麻薬のドーパミンが快楽をもたらします。

 
つまり、他者をいじめることによって自分が仲間内で認められるという正義の快楽が得られるわけです。とっても気持ちイイんです!

学校や職場という密室の中で仲間意識が高まるほどに、本来は快楽を押さえるはずの理性は大きく低下します。真面目な人たちほど危険です。

いじめゼロを目指すとは、仲間に認められるという快楽を押さえること。集団行動を身に付けることを目的とした学校のあり方を、真っ向から否定することに繋がります。

 
クラスが体育祭や合唱祭という目的に向かって団結しようとしているときほど、集団のルールに従いにくいと思われる(自己主張をしない)弱者をいじめるという結果になり、教師すらクラスの団結を優先するがために理性や弱者への共感力が弱まってきます。

「いじめゼロ」を目指すのではなく、「いじめ」はあるという前提で、自分が相手を攻撃すると損をするという仕組み作りが必要です。

いじめは人類が種を守るために必要なこと。この機能がないと、すぐに異分子に滅ぼされてしまいます。いじめゼロというのは、性欲ゼロとか食事ゼロとかと同じ意味合いなんですね。必要なのは、ゼロではなくコントロールすることです。

 
じゃあ、またね〜 Σ( ̄。 ̄ノ)ノ